31.思わぬ訪問と、思わぬひと言
「あっ!!!!」
あることを思い出し、あたしは慌てて立ち上がってバッグの中から携帯を取り出す。
アリスが驚いて目をまん丸にしている。
「ど、どうかされましたか……?」
「伯父様に電話! してない!」
まずい。すっかり忘れてた。
本来なら部屋の準備を待つ間にしておくべきだったのに。”滞在出来てラッキー!”しか考えてなかったわ。
まだ午後六時過ぎだから遅くはない。
あたしは慌てて伯父様の番号を呼び出して、通話ボタンを押す。せめて着信だけでも残しておかないと……。
コール音が鳴る。五回鳴らして出なかったらまた後でかけよう。
アリスは邪魔をしてはいけないとでも思ったのか、小さく礼をしてゆっくりと下がる。
そんな彼女を横目で見送っている四コール目、通話に切り替わった。
「あ、伯父様?」
『おう、ロゼ。もう帰り道だろ?』
「あ、あのね、伯父様……それが――」
事情を簡単に説明すると、伯父様は流石にちょっと驚いたみたい。
とは言え、帰り道が雪で危険と聞けば、仕方がないと言わんばかりのため息が聞こえた。
『……まぁ、そういうことなら仕方ねぇな。ちゃんと礼は言っとけよ』
「大丈夫よ」
『我儘言うなよ』
「言わないわよ!」
伯父様が念押しに念押しを重ねる。
以前だったらここまで言わなかったのに、伯父様なりに色々気にしているのが伝わってきた。
とりあえず事後報告になっちゃったけど連絡出来て一安心――と思っていたタイミングで、扉がノックされる。
驚いて振り返ると、丁度アリスが出ていこうとしているところだった。アリスはあたしを振り返って「わたしが対応します!」と口パクで伝えてくる。小さく頷きながら、伯父様と話を続けた。
アリスが出てくれるならいいかと思って安心していたのも束の間。
扉の向こうに立っている人物を見てギョッとしてしまった。
コ、コウセイさん!? 急になんで?
アリスはコウセイさんと何か話した後、困った顔をしてあたしを見てきた。
そして、その場で手帳にささっとメモを取った後、慌ててあたしの元に戻ってくる。
困った顔のまま、アリスが手帳をあたしに見せてくる。
そこに書かれていたのは――。
”コウセイさまがガロさまとお話ししたいそうです”
……えっ!?
見れば、コウセイさんはドアのところで右手を持ち上げて”申し訳ない”と言わんばかりに軽く頭を下げている。
い、いや、なんで……? と思ったんだけど、なんとなく事情を察した。
『ロゼ? どうかしたのか?』
「あ、ううん。……あの、伯父様。コウセイさんが伯父様に一言ご挨拶を、って言ってるんだけど……」
『? 構わねぇぞ。代わってやってくれ』
あたしは伯父様の言葉を待ってから、コウセイさんを手招きする。
コウセイさんはホッとした様子で「失礼します」と言いながら部屋に入ってきた。
「ちょっと待ってね。今代わるわ。――どうぞ」
「急なことなのに申し訳ない。助かるよ、ロゼリアさん」
コウセイさんは困った顔をして笑いながら携帯を受け取る。そっと耳に押し当てた。
あたしとアリスはその様子を見つめる。
「代わりました、コウセイです。ご無沙汰しております、ガロ様。突然申し訳ございません。
……はい。いえ、そんな……こちらこそ見通しが甘くて……そう言っていただけてホッとしました。
はい、ロゼリアさんのことはお任せください」
コウセイさんは電話をしながらペコペコと頭を下げていた。
……なんか、サラリーマンみたい。
いや、あたしが急に泊まることになったからこんなことになってるんだけどね。
こんな場面を見てしまうと、この人に黒幕なんて無理じゃないかと思ってしまう。けど、この人がカミルと同じように二面性を持ってることは忘れてない。
コウセイさんは何度か「はい」を繰り返した後、あたしに携帯を差し出した。
「ありがとう。話ができたよ」
「どういたしまして。……伯父様?」
まだ通話は切れてないので、携帯を受け取って伯父様に声をかける。
『マメな奴だな、コウセイは。迷惑かけんなよ』
「かけないわよ!」
『なんかあれば連絡してくれ。――じゃあまたな』
「わかった。またね」
そう言ってようやく通話をオフにする。肩の荷が下りたわ。
コウセイさんを見上げるとちょっと疲れた顔をしている。その顔を見てくすりと笑ってしまった。
笑われたことに気付いたコウセイさんはバツが悪そうな顔をして肩を竦める。
「……そんな目で見ないで欲しいなぁ。君にとっては”伯父様”なんだろうけど、俺にとっては雲の上の人なんだ……はー、緊張した……」
肩を落としながら言うコウセイさん。最後に少し素の部分が見えた気がする。
しかし、何かに気付いたように顔を上げて、改まった様子であたしを見た。
「ありがとう。急な申し出にも関わらず、快くガロ様に話を繋いでくれて。
父さんはちょっとばたばたしていて、すぐ連絡してくれるかわからなかったから……どうしても俺から一言言わないと気持ちが悪かったんだ。
無作法な真似だとわかっていたんだが、俺からガロ様に連絡をするなんて恐れ多いし、そもそも電話番号を知らないし……。
本当に助かったよ、ありがとう。ロゼリアさん」
そう言ってコウセイさんは穏やかに微笑んだ。
返事も忘れ、思わずじっと見つめてしまう。
伯父様の言っていた通り、マメな人だわ。長男という立場上、どうしても矢面に立たされることが多かったという背景が見えるよう。
はっと我に返って、ゆっくりと首を振った。
「いえ、気になさらないでください。丁度電話をしていたところでしたし、良いタイミングでした」
「そう言ってもらえると助かるよ。――あ、そうそう。これも一緒に持ってきたんだ」
コウセイさんはポケットの中から紙を取り出して、あたしとアリス、それぞれに渡す。
開いてみると屋敷と敷地の見取り図だった。
「まぁ、ありがとうございます」
「必要ないかもしれないけど、暇な時に歩いて見ても良いかもしれない」
「ええ、そうさせていただきます」
ふふ、と口元に手を当てて笑う。
何故か、コウセイさんがあたしのことをじっと見つめていた。真っ直ぐな眼差しが気になり、首を傾げてしまう。
「あの……何か?」
「えっ?! あ、いや、済まない。女性をこんな風に見つめるのはよくなかった。
……俺相手にそう気を遣わなくて良い、と伝えたかったんだが、難しいかな……」
コウセイさん、何故か照れていた。しかも、何だか最後の方はごにょごにょと誤魔化すような言い方になっていて……ザインとの怒鳴り合いとか、応接室でのスマートな態度はどこ行ったのよ、と言いたくなるレベル。
こんなに大きいのに、ちょっと可愛い。
――ゲームでもこういう一面はあったような気がするけど、間近で見ると印象が変わるわ。
思わず、くすっと笑ってしまった。
コウセイさんが気まずそうにしている。
「敬語をやめて欲しい、ということでしょうか?」
「うん。俺が敬語を使っていてもおかしくない関係だからね」
静かに頷きながら、困ったように笑うコウセイさん。
……でも、それはどうかしら。年齢差でチャラじゃない?
先月の挨拶の時は、確かにお互い敬語だった。今日は――まぁ、ザインとの怒鳴り合いの末だったから、敬語を使って取り繕う暇がなかったんでしょう。
ちょっと悩んでいると、コウセイさんが困り笑いのまま口を開いた。
「その方が俺個人が気楽というのと……こんなことを言うと気分を害するかもしれないんだが……。
俺にとっての君は、年下の女の子なんだ。
立場上、振る舞いを気をつけなければいけないのは重々承知している。だが、終始気を張っているのを見るのは気持ち良いものじゃない。だから、あまり気負わず、気楽にしてて欲しい」
――年下の、女の子。
その言葉によってあたしの頭の中は真っ白になった。
それ以降の「立場や~」「あまり気負わず」とかのセリフは頭に残らず、右耳から左耳を素通りしていったレベルで――衝撃的な言葉だった。




