30.アリスとあたしの内緒話
ぼーっと天井を見つめて、今日あったことを思い出す。
一気に疲れが来たのか、なかなかベッドから起き上がる気にはならなかった。けれど、このままこうしていても時間を無駄に過ごすだけ。
あたしは勢いをつけて起き上がり、放り投げたバッグから手帳とペンを取り出した。
椅子に座り、テーブルの上に手帳を開く。
「……よし!」
自分の記憶力だけじゃ不安だったから、今日あったことや自分が感じたことを書き留めていく。
万が一を考えて、あくまでも『日記』に見えるように。
コウセイさんとカミル。どちらが黒幕なのか?
正直、どちらにとってもあたしは脅威になってない。ただの『客』だもの。
まさか、ヴィオレッタ失踪の謎を追ってるなんて考えもしないに違いない。
だからこそ、そう思われているうちに行動を起こさなきゃ。
「さて、と……もう一度ギャラリーの方に行くにはどうしたらいいのかしら……」
ザインたちは使えない。
本人たちがとても面倒臭がっていたから、もう一度連れて行って欲しいなんて言えば、相当不審がられるに決まっている。
じゃあ、こっそり行くか、他の誰かに頼むか……。
こっそり行っても中に入れないんじゃ意味がない。しかもジェイルたちに気付かれないようにしないといけない。
かと言って、案内を頼める相手もいないのよね。
「うーーーーん……」
一旦は六堂家に留まれることになったのはいいけど、前途多難すぎる……!
ゲームのヒロインみたいに理由をつけてあちこち行ける立場ならいいのに。
とりあえず、明日の早朝にでも散歩と称してギャラリーの方に行ってみよう。自由に歩いていいとは言われてるしね。
何もできなかったと思いながら手帳を閉じたところで、コンコンと扉をノックされた。
「入っていいわよ」
「ロゼリアさま、失礼します」
バッグの中に手帳をしまってから答える。
扉が控えめにゆっくりと開き、アリスが入ってきた。手には紙袋を二つ持っている。
アリスは真っ直ぐあたしのところに来て、にこにこと紙袋を掲げた。
「何? その紙袋」
「こちらはマルブの化粧品です。
それから、こちらがアルセンの化粧品一式です。ぜひロゼリアさまにお使いいただいて感想を聞きたいとのことでした!」
目を見開いて紙袋とアリスを交互に見てしまった。アリスはにこにこと笑っている。
マルブもアルセンも高級ブランド名。
マルブはMarvinVélorの略称で、あたしが普段使っている化粧品。
そして、ARCENは老舗の高級ブランド。最近イマイチだから、そんなに興味がないのよね。
でも、まさかここまで用意してくれるとは……流石にやり過ぎじゃない……?
あたしの考えていることが伝わったのか、アリスはどこか得意げな顔をしてアルセンの化粧品をいくつか取り出してテーブルに並べた。
「……あら? 見たことないものばかりね」
「流石ロゼリアさま! これ、今度出す新シリーズなんだそうです。なので、ロゼリアさまにぜひ、とのことでした!」
「ぜひ、って言われてもねぇ……」
ラベルには『ARCEN Or』と書かれている。前シリーズとは違って、アルセンらしい高級感が漂っていた。
……あ、そうか。アルセンって本社が第六領だったわ。それで出てきたのね。
要らないと突き返すのは失礼すぎる。いまいち気乗りしないけど、貰っておきましょう。
「わかったわ。明日はこっちを使うわね」
「はい、かしこまりました! ラメの発色がかなり良いので、ロゼリアさまの華やかさがぐっと上がると思います」
アリスはそう言って一度化粧品を紙袋の中にしまった。
そして、鏡台へと向かい、鏡の前に化粧品をブランドごとに並べていく。
並べている途中、ふと思い出したように顔を上げる。
「――そうそう、ロゼリアさま。わたし、さっき面白い話を聞きました」
「面白い話?」
「庭にあるギャラリーなんですけど、残したい派と撤去派でちょっとごたごたしてるそうです」
「……え?」
楽しそうに化粧品を並べるアリスの横顔を見て、間の抜けた声を上げてしまう。
ゲームの情報としては知ってる――けど、どうしてアリスがそんな話を?
そんな疑問に気付くはずもなく、アリスは続ける。
「ギャラリー撤去後、六堂家の敷地を縮小して売る話もあったそうなんですけど、古参の方々中心に猛反対だったとか……九龍会では考えられない話だったので、すごくびっくりしちゃいました」
「へ、へぇ……」
は、反応しづらい……。
アリス、何でそんな話を聞いてきたのよ! いや、すごくありがたいんだけど……!
「残すにもお金のことが問題らしくて。かなり揉めてたみたいです。今は諸事情で現状維持、ということになったみたいですけど……」
諸事情――。ヴィオレッタが失踪してるからそれどころじゃない、と。
今のアリスの話でゲームとの答え合わせがかなりできたわ。誰がどの派閥なのかまで答え合わせが出来ると一番いいわね。
思わずそんなことを考えたところで、我に返った。
あたしはアリスを見つめて大きくため息をついて見せる。
「……アリス。あんたねぇ、そういう内部事情を面白いなんて言うもんじゃないわよ」
「え? あはは。だって、ザインさまたちからはそんな雰囲気全然感じなかったですし、なんかギャップがおかしくて……」
「大体、なんでそんな話になったのよ」
化粧品を並べ終わったアリスが紙袋を畳みながら肩を竦める。
「ギャラリーの話をザインさまから聞いた時、結構長い間やってるのにあんまり修繕が進んでなさそうだったんですよね。なんでかなって思って聞いたみたら……さっきの女の人が色々話してくれたんです。
来月には終わるって言ってましたけど、なんかそれも怪しいみたいでした」
アリスは無邪気に笑う。その話を口にすること自体、何とも思ってなさそうに。
けれど、その後少しだけつまらなさそうな顔をした。
「ついつい“誰が撤去派なんですか?”って聞いちゃったんですけど……言葉を濁されちゃいました」
「そりゃそうでしょ。……あんまり不用意なこと言うんじゃないわよ」
「えへへ、すみません。でも、内緒話って感じでちょっと楽しかったです。
……ロゼリアさま、こういう話にご興味ないですか?」
じっと、アリスに見つめられる。
その視線はあたしの中にあるものを探ろうとしているように見えた。
――ふと、去年のことを思い出す。
悪女だったあたしの周辺を洗うために『陰陽』から派遣されてきたアリス。時折、あからさまにあたしを探ろうとしていた。
全く一緒ではないけれど、同種の雰囲気を感じ取ってしまった。
興味なんて、あるに決まっている。
”ある”と答えれば、アリスがまた誰かと『内緒話』をしてきて、あたしに報告してきてくれるかもしれない。
そんな打算が駆け巡った。
利用してるみたいで気が引ける。けど、今はこれが最善に思えた。
「……そうね。ないと言えば嘘になるわ」
「ですよね、ですよねっ。行儀が悪いってわかってますけど、そういう話を聞いちゃうとどうしても気になりますよねっ」
あたしが同意したからか、アリスのテンションは目に見えて上がった。すごくウキウキしていて、噂話を楽しむ女子高生みたいだわ。
でも、妙な引っかかりを覚える。
アリスがこんな話をする理由が全くわからない。
単なるあたしの思い過ごし? 純粋に噂話が楽しいだけ?
アリスは空になった紙袋を胸に抱え、どこか満足げに笑う。
目を細め、あたしのことを真っ直ぐに見つめた。
「また、『内緒話』をしてきたらロゼリアさまにもお話しますね。――楽しみにしていてください」
その表情はとてもとても嬉しそうだった。
何故こんなにも嬉しそうな表情をするのかわからない。
その表情は、単なる噂話の楽しさだけじゃ説明できないような――そんな、妙に嬉しそうな顔だった。
でも、あたしにとっていい話であることは間違いない。
自分自身の目的のため――嬉しそうな理由については考えないことにした。




