3.ゲームは終わったはずなのに
夢が途切れた瞬間、がばっと起き上がった。
大きくてふかふかの天蓋付きベッドの上、手触りがいい薄い掛け布団を蹴り上げる。
……なんか、体が重い。けど、気にしている場合じゃないわ!
どたどたと裸足のまま寝室の中を走り、乱暴に扉を開け放つ。
「ユウリ! いる!?!」
廊下に向かって大声で叫ぶ。
――あ。
ユウリは本邸に引っ越してたんだった。いつもならすぐ来るのに。
てっきり誰かが「呼んできます!」と応えてくれるとばかり思ってた。
しかし。
あたしの予想に反して、階下からどたどたと地響きのような足音が聞こえてきた。
慌てて駆け上がってきたのは、護衛兼側近のジェイルを先頭に、同じく護衛兼側近のメロ、秘書のユウリ、そしてメイドのアリス――さらに数名の使用人たちまでいた。
「お嬢様!」
いつも冷静なジェイルが焦った様子で真っ先にあたしに近付いてきた。その後ろでは心配そうな顔をしたみんながいる。
何が何だかわからなかったけど、人をかき分けて今にも泣きそうな顔をしているユウリの腕を掴んだ。
「ユウリ! ザインにもう返事した?!」
「へ……?」
「返事よ! ザインが挨拶に来たいって言ってたじゃない! もう返事をしちゃったのかって聞いてるの!」
ユウリはフリーズし、その場に妙な沈黙が落ちる。何? この沈黙。
しかし、次の瞬間にはユウリが我に返ってしどろもどろになった。
「い、いえ、まだ、です」
その答えを聞くや否や、あたしの口から次の言葉が飛び出す。
「じゃあ、今からして! いつでもいいから早い日程でこっちに来いって言ってすぐに調整させて!」
周囲を奇妙な沈黙が支配する。
そこにいる全員があたしを心配そうに見つめている一方で、どこか引き気味。
一体何なの、この空気は……?
確かに寝起きにこんな行動はアレだけど、そもそも全員が集合するほどではなくない……?
ジェイルとメロが恐る恐るといった雰囲気で近付いてきて、あたしとユウリをそっと引き剥がした。
ジェイルが静かに口を開く。
「お嬢様……えぇと、まず、今日はもう遅いので明日の方が先方も助かるかと思います。それから、病み上がりですので一度お部屋にお戻りください」
……今日は、もう遅い?
どういうこと? 今って朝でしょ? ちょっと早いかもしれないけど――。
そう思いながら周囲を見回す。視界に入った窓の外は何故か暗かった。
え、朝方? まだ日が昇ってない?
混乱しているとメロがあたしの顔を覗き込んでくる。
「お嬢。今日が何日かわかる?」
「は? バカにしてるの? 昨日が二月四日だから今日は五日でしょ」
「今日は七日、今は夜十時。……あのね、お嬢は三日間眠ってたんスよ」
メロの説明がすぐに頭に入ってこなくて、今度はあたしがフリーズしてしまった。
えっと、三日間……眠って、いた……?
「なんで?!?!?!」
「こっちが聞きたいっスよ! ……でも、よかったぁ。ほんとよかったぁ……」
メロが安堵の表情を浮かべたかと思いきや、泣きそうな顔をして――あたしに抱き着いてきた。
驚きすぎて声も出ない。
けど、メロが本気で心配していたことは伝わってくる。
直後にゴッ! と鈍い音。ジェイルがメロの後頭部を殴って、アリスが後ろから回し蹴りを食らわせていた。メロが「ぐえ」とカエルが潰れたみたいな声を上げてその場に倒れ込む。
一連の流れについていけず、混乱したままジェイルに引き寄せられた。
「お嬢様、ずっと眠っていたのですから、無理は禁物です」
「い、いや、眠り続けてたって言われても……」
「冗談ではなく本当に三日間眠り続けていたのです。申し訳ございませんが、今は部屋にお戻りください」
相変わらずジェイルは融通が聞かない。あたしは言葉に詰まってしまった。
っていうか、ね、眠り続けてたって……まさかあの夢のせい?
夢の中では、りょーこがゲームをやってるのをひたすら眺めていた。一応全員分のルートを見て、それからサブストーリー的なおまけもちょっとだけ見て……『ブラック・ロマンス』の話を色々と聞いて……それで三日間? りょーこのやってるゲームを見ていた時間がそのまま現実に反映されてた、ってわけ?
すぐに事実が飲み込めず、あたしは額を押さえてしまう。
「……お嬢様、失礼します」
「……えっ。ちょ、ちょっと!?」
返事も待たずにジェイルがあたしの体を抱き上げる。う、うわ、恥ずかしい……!
「歩けるから下ろして頂戴!」
「そうはいきません」
「元気なんだけど?!」
「健康に問題がなさそうなのは見ればわかります。ですが、我々からしたら病み上がりですので無理はなさらないでください」
しかもよく見たらあたし、ネグリジェのままで飛び出してたわ。
ジェイルは意識してなのか無意識なのか、あたしのことを見ようとはしなかった。
「真瀬、明日朝一で医者を呼んでくれ」
「はい、かしこまりました」
ジェイルは振り返らずにユウリに指示を出し、ユウリは素直に返事をしている。
「……あたしずっと寝てたからもう眠くないんだけど」
「ご不便をおかけしますが医者が大丈夫と言うまでは安静にしていてください」
「安静って……」
ジェイルがぶっきらぼうに言う。お姫様抱っこされた状態で強制的に部屋に戻されてしまうらしい。周囲を見てもみんな心配そうにあたしのことを見つめていて、文句が言える雰囲気じゃなかった。
いや、本当に眠くないのよ。
今の気分としては本当に「あー、よく寝たー」って感じなの。
いまいち納得できないけど、そもそも夜なんじゃ仕方がない。こんな時間に連絡するのも非常識だしね。
ジェイルに連れられ、また部屋に逆戻り。ベッドに静かに降ろされてしまった。
さささっとアリスがやってきて、あたしが蹴り上げてベッドの下に落としてしまった布団や毛布を抱え、再度あたしの上にかける。
寝る準備を整えてから、ジェイルたちは部屋の外に出た。
「では、一度失礼します。お飲み物と軽食を用意しましょうか?」
「そうね、お願いするわ」
「承知しました」
そう言ってジェイルは仏頂面のまま生真面目ぶった態度で出ていってしまった。
メロとユウリは心配そうに部屋を覗き込んでから、アリスは「すぐにお持ちします!」と言って部屋の扉を閉める。
あたしの部屋は防音対策がしっかりされているため、扉を閉じると途端に静かになってしまう。
……いや、こんな風に寝てる暇ないのよ。
そう思いながらゆっくりと身を起こす。
半年前、この世界が前世の『私』がプレイしていた『レッド・ロマンス(通称レドロマ)』という乙女ゲームの世界で、あたしはそのゲームの登場人物あることを思い出した。
あたしは何の弁解のしようもない悪役でラスボス、攻略キャラクターたちに「こいつさえいなければ」と殺意を抱かれるほどの悪女・九条ロゼリア。最終的にはヒロイン・白雪アリスと攻略キャラクターのうちの誰かに殺されてしまう運命だった。ロゼリアのせいで不幸な人生を歩む攻略キャラたちをヒロインであるアリスが救うというストーリー。
そんなことを思い出したあたしは何とかウルトラCを決めて殺される運命を回避した。
……何故か攻略キャラたちから好かれるという謎の展開もあったけど、一応本来死ぬはずだった十二月を超え、新年を迎えて今に至る。
あたしが今後どうなるかはわからない。
ゲーム自体は終わりを迎えてるから、レドロマの影響で死ぬことはない。多分。
けど――続編である『ブラック・ロマンス』の展開が始まろうとしている……?
しかも、りょーこがあたしと同じくこの世界にいる……?
ただの夢かもしれない。けど、三日間眠り続けて見た夢がただの夢だとは思えない。
何より、夢の最後――ゲーム画面を指さして悲しそうにしていた『りょーこ』の姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
本当に杞憂ならいい。でももし本当だったら――。
りょーこ、いえ、ヴィオレッタが弟に洗脳され、父親を刺し殺すという運命を知っていて何もしなかったことになる。その光景を想像して、思わず口を押さえてしまった。
それがりょーこじゃなかったとしても、いい気分にはならない。
後悔する。絶対に。
寝てなんかいられない。
今すぐには行動できないけど、夢のことを忘れないようにノートにまとめるため、あたしはベッドを降りた。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。
この後21時すぎに「前作のあらすじ&キャラクター紹介」を投稿予定です。
どうぞ気軽に覗いてみてください。




