28.雪のせいで泊まることになりまして
周囲が一斉にこちらを向く。
あたしはにやけそうになるのとぐっと抑え込んだ。
すぐにアオさんの提案に飛びついちゃダメ。こういう時は絶対に一度はお断りするものなのよ!
周囲に合わせて驚いたふりをしながら、アオさんを見つめる。
「そんな、ご迷惑はおかけできません。あまりに急ですし……」
「もう部屋の準備もはじめてるし、流石にこの雪の中を帰して何かあったら六堂家の責任問題になってしまう。急なことで不便をかけると思うけど、どうか泊まっていって欲しい」
アオさんは『礼儀』として、一度あたしが辞退をするのは見越している。
そして、あたしとしても「どうか」とまで言われたら断れない。っていうか、それこそ失礼になってしまう。
「……わかりました。ご厚意に甘えさせていただきます」
「そうしてくれるとうちも助かるよ」
満足げに笑うアオさん。あたしは感謝を込めて小さくお辞儀をした。
……泊まるのに何の準備もない、というのが心許ない。着替えとか化粧品とか色々。でも、本当に急なことだから我慢我慢……。
あたしとアオさんにやり取りが完了したところで、コウセイさんが驚いた顔をしてアオさんを凝視していた。
「……お前、いつの間に……」
「さっき兄さんとザインが喧嘩してた時。電話口で兄さんの怒鳴り声を聞かせたらみんなすぐ動いてくれた。
じゃあ、部屋の準備ができるまで兄さんは皆さんのお相手を」
アオさんはイイ笑顔で、コウセイさんの腕をポンと叩いた。
そして笑顔のままザインたちを見る。
「ザインたちはおれと一緒に準備の手伝い。いい?」
有無を言わせぬ響きだった。
形勢不利と悟ったのかザインはかったるそうに舌打ちをし、ディディエは不機嫌そうにため息、カミルは諦め顔で肩を落としている。
……なんで三人いて、アオさん一人に勝てないんだろう。
家のことが絡むと微妙にギクシャクするっぽいのよね、この兄弟は……。
まぁ、発言権がコウセイさん>アオさん>その他、という具合に、上から順になってて周囲もそう認識してるから「言っても無駄」という意識があるのは、”知ってる”。
結局、ザインたちはアオさんと一緒にその場を去っていく。
去り際にザインから「さっきの件は保留でいいや」と耳打ちをされた。
一人残ることになったコウセイさんは気まずそうにあたしたちを見る。
「えーっと、……じゃあ、部屋の準備ができるまで別室で待機しよう。
――ロゼリアさん、ザインたちと使っていた部屋はどんな部屋だった? そこに戻る方が早そうだ」
歩き出す前にあたしに質問を向ける。まあ「どの部屋?」って聞かれても答えられなかっただろうから、この聞き方は助かるわ。
「一面ガラス張りで、そこから庭が見えた部屋です」
「ああ、わかった。ありがとう。じゃあ、皆、こちらへ」
コウセイさんはにこやかに頷き、ゆっくりと歩き出す。全員ぞろぞろと続いていった。
あたしたちは戻る道だけど、ハルヒトとユキヤにとってはほぼ初見。特にハルヒトは物珍しげにあちこちを見回していた。
「……広い」
ハルヒトが見たままの感想を言う。そう言いたくなる気持ちはすごくわかるわ。
六堂家の屋敷はとにかく広いのよ。天井も高いし。
呟きを聞いたコウセイさんが笑いながら肩を竦め、ハルヒトを振り返る。
「まぁ、広いだけだよ。昔は弟が迷子になるほどだったし」
「確かに部屋もたくさんあって、自分のいた部屋が分からなくなりそうだね」
「そうそう、迷う人も多いよ」
コウセイさんが年上なんだけど、ハルヒトは普段通りだった。馴れ馴れしくない? と少し不安になったけど、コウセイさんは気にしてない。ユキヤも何も言わないので、多分双方の間で「敬語はなし」ってことになったのよね、多分。
軽い雑談を交わしながら、元の応接室に戻る。
丁度、使用人たちがさっきのお菓子やお茶を片付けている最中だった。
「コ、コウセイ様!?」
「ああ、悪い。片付けが終わったら、お茶だけ用意してくれると助かる」
「は、はい、すぐに……!」
使用人は慌てながら片付けを急ピッチで進めていく。そう待たされることもなく、テーブルの上は綺麗になった。
コウセイさんに「適当に座って」と言われるがまま、あたしたちは席についた。
――が。
目の前にいるコウセイさんが困ったように眉を下げる。
「……流石にこれはバランスが悪いな……」
コウセイさんの言う「これ」というのは席のことだった。
何となくあたしとハルヒトたち七人と、コウセイさんが向かい合うような座り方になっていて……いや、これ完全に集団面接の席順でしょうよ。
さっきはあたしたち五人とザインたち三人だったからそこまでのバランスの悪さはなかったのよね。
コウセイさんは困り顔のまま、ジェイルたちに視線を向けた。
「上座や下座は気にしないから、三人はこっちに座ってくれる?」
そう言って自分の隣を示すコウセイさん。
ジェイル、メロ、ユウリ、アリスは顔を見合わせてから――メロ、ユウリ、アリスの三人が立ち上がった。そのままコウセイさんの隣に移動して、これで四人ずつ向かい合う形になる。
コウセイさんはメロたちに顔を向けると、すっきりした様子で笑った。
「ありがとう」
メロたちは何故か面食らった顔をしてから、何も言わずに首を振っていた。……何その反応。変なの。
コウセイさんは改めて、という雰囲気であたしとハルヒトを見る。
「急にうちに泊まってもらうことになって申し訳ない。ハルヒトさんにはさっき謝罪はしたけども。
――ロゼリアさん、アオが強引に話を進めてしまって悪かった」
「い、いえ、そんな……第八領に帰るハルヒトたちの帰路が危険なら、うちはもっとですから……。助かりました。こちらこそお気遣いありがとうございます」
そう言って、静かに頭を下げた。
……ハルヒトの視線がすごい。めちゃくちゃ刺さってる……。
”君、そんなキャラだっけ?”という心の声が聞こえるよう。
が、不意にハルヒトの肩がビクッと揺れた。全員の視線がハルヒトに集まる。
「ユ、ユキヤ」
「ハルヒトさん。女性を不躾に見つめてはいけないと何度も言ってます」
「いや、女性って相手はロゼリ――」
「駄目です」
ユキヤの口調は穏やかだったけれど、有無を言わせぬ響きがある。ハルヒトは黙り込んでしまった。……さっきのアオさんを思い出しちゃったわ。
どうやらハルヒトはユキヤにビシバシ『教育』されているらしい。
微笑ましく思っていると、コウセイさんが楽しげに笑い声を漏らした。
「ああ、失礼。楽しそうだと思って。仲が良さそうで羨ましい。
……そう言えば、ロゼリアさんは二人とも面識があるんだっけ?」
「ええ。まさか六狼会で会うなんて思いませんでした」
「屋敷に入ったらロゼリアたちがいて……コウセイさんが急に弟さんと喧嘩を始めるからびっくりしちゃったな」
玄関でのことを思い出したのか、ハルヒトがくすくすと笑う。
あたしもあの時のことを思い出してしまい、吹き出しそうになった。笑ってしまわないように口元を押さえる。
そんな反応を見たコウセイさんは――ものすごく気まずそうにして、ふいっと顔を背けてしまった。
「……い、いや、本当にみっともないところを見せてしまった。まさかザインがロゼリアさんを連れてきているとは思わなくて……パニックになってしまった……。
虫のいい話かもしれないが、さっきのことは忘れてくれると助かる……」
顔を逸らしたまま、黄昏れた様子で言うコウセイさん。
さっきの、自分でも失態だと思っているのが伝わってきた。
先月挨拶に来た時の様子からは想像できない態度だった。
それが逆におかしくて。
あたしが堪えきれずに「ぷっ」と吹き出したのを皮切りに、その場にいる全員が控えめに笑い出してしまう。
六堂家の長男らしからぬ人間味のある言動、そして反応。
――けど、それが彼の全てではないと、ゲームの彼を見たあたしは知っていた。
明けましておめでとうございます。




