22.違和感のはじまり
番犬たちが勝手にカミルの元に集まり、そして命令通りに去っていく。
その光景を見たジェイルたちは目を丸くしていた。
思わず、と言った様子でユウリが口を開く。
「……カミル様が躾けられたのですか?」
「ううん、違うよ。でも、僕って昔から犬にすごく好かれるんだよね」
「そ、そう、ですか……」
ユウリは戸惑いを隠せないようだった。
九条家の敷地内にも番犬はいるけど、ここまで懐かない。だから、あの懐かれっぷりを見たらカミルが躾けをしたと思われても仕方がない気がする。
番犬たちが離れるのを見届けてからもう少し歩いた。
大きめの噴水に辿り着いたところで、隣にいるカミルがにこにことあたしを見る。
「どうですか、ロゼリアさん」
まるで何かを自慢するみたいに腕を広げるカミル。やけに仰々しい仕草ね。
「どうって何が?」
「このあたり、神聖な雰囲気がしませんか?」
「……し、神聖……?」
日常的にそんな単語使う?
戸惑いながらも、一応周囲を見回す。
――花に囲まれた円形の噴水、その真ん中にある時計。
そして、視線を足元に向ければ、噴水を囲うように等間隔に掘られた紋様。
奇しくも、あたしの足元には龍を模した紋様があった。周囲を見れば狼と蜘蛛もある。
つまり、このへんは例の神話をイメージしたオブジェクトなのね。
「……まぁ、そうね。神聖と言うよりはメルヘンに感じるけど」
「メ、メルヘン?」
「ええ、そうよ。だって、おとぎ話の世界を表現してるみたいでしょ?」
今度はカミルが変な顔をした。
悪意なさそうににこにこと笑えば、カミルが気付く。
あたしとカミル、考え方が違うことに。
カミルは何か言おうと口を開きかけ――。
「あ、なるほど! ここって会モチーフなんですね! ほら、ロゼリアさまのところに龍がいて……こっちは八雲会の蜘蛛です!」
アリスが足元の紋様を見て指を指し、声を上げた。
流石、元『陰陽』メンバー。会の事情に詳しいからすぐ気付いた。
ジェイル、メロ、ユウリも「なるほど」と言いながら足元をしげしげと眺める。九龍会の龍に馴染みはあるけど、他の会のものには馴染みがないだろうから物珍しそうだわ。
「そうなんだー、他の会のやつとか全然覚えてねー」
「もー、メロくん……わたしが最近教えてるのに……」
「教えてもらってるけどさ~……覚えられねーんだよなー。おじょ、げふん、ウチ以外に興味なくて」
ゴスッ。メロの発言の直後、ジェイルの拳が頭上に落ちる。
……六狼会の人間がいる前では流石に失礼な発言だわ。
ちらりと視線を動かすと、ザインはなんかグチグチ言ってるディディエを呆れ顔で宥めている。多分今の会話は聞こえてない。
何か言いたげにしているカミルを見て、ふっと笑う。カミルは小さな子供みたいに拗ねた顔をした。
びゅう、と冷たい風が吹きつける。
流石に寒い。あんまり長居できないわね。
でも、ヴィオレッタ救出のヒントになることを何か探したい――。
「広いですね、本当に……九龍会の敷地も広いと思ってましたけど、段違いです……」
「入っているのが屋敷だけじゃないからな」
「……あっちは何があるんでしょう?」
あら。ユウリとジェイルがいい話をしてる。乗らせてもらおう。
そっとカミルから離れて二人に近づいた。
「広すぎて何があるのかわからないわね。――カミル、あっちには何があるの?」
そう言ってユウリが見ていた方角を指差す。カミルがハッと顔を上げた。
「ぁ、はい。あっちには――」
「バスケットコートとテニスコートがあるぜ」
カミルの後ろからザインが出てきた。
更に後ろではディディエが「おい!」と何か文句を言っている。……ディディエの相手に飽きたんだろうな、ザイン。
っていうか、バスケットコート!
一気にテンションが上がったわ。『ブラック・ロマンス』の回想シーンにあったやつじゃない?! その名も『兄弟の過去』!
兄弟の仲の良さを象徴する回想で、しかもスチルもあった。六人が汗だくになって休憩してるシーン!
バスケットの三対三でよく遊んでて、勝ったり負けたりが楽しいという同じ感想を持つ六人……! 全員母親違いであってもちゃんと『兄弟』だった……! 決して仲が悪いわけじゃない、むしろ兄弟仲は良好!
そんな六人がどうして兄側と弟側に分かれたのか。どうして姉に父親を殺させようとするまでになったのか。
その経緯が引き立つ回想だったわ……!
……スチルもよかったのよね~。日常のワンシーン的な感じで……ザインとディディエを知っていてもときめくスチルだったわ。
そう、仲の良さ故に結託するザインたち。
……何だかな、って思っちゃうわ。本当に。
ため息をついて、後ろにいるザインをじっと見つめてしまった。
「ん? 何だよ、その熱視線。惚れ直した?」
また茶化す。がっくりと肩を落としてしまった。
「違うわ、何でそうなるのよ。……バスケットやテニスのコートがあるなんてすごいと思っただけ。うちには訓練用の道場しかないもの」
「ウチは逆に道場みたいなのはねぇんだよな。景観を損なうんだと」
そう言ってザインが周囲を見回す。あたしもジェイルもユウリも、釣られてザインの視線を追いかけた。
本当に、綺麗すぎるくらいに綺麗で広い庭。
少し離れた場所にある美術品が飾られているだろう建物も綺麗。
気がつくと、それまで会話に入らなかったメンバーも傍で庭を眺めている。
「ねえ、美術品を見ることはできないの?」
誰にともなく尋ねる。ザイン、もしくはカミルが答えると期待して。
けれど、返ってきた声はカミルでもザインでもなく――ディディエだった。
「一部の建物は修繕のため封鎖中だ。美術品もいくつか修復の関係で引き上げているし、今は見れるものが少ないな」
まさかディディエから返事があるとは思わず、ディディエを振り返って凝視してしまった。
見れば、全員の視線が集中している。ザインとカミルでさえも。
「……何なんだ、その目は。聞いたから答えてやったんだが?」
「……あんたが答えてくれるとは思わなかったのよ」
正直に答えるとディディエの眉間に皺が寄った。あ、まずい。
「お前が聞くから――!」
「あー、はいはい。答えてくれてありがとう」
ひらひらと手を振ってディディエのセリフを遮る。こいつ、ほんっとうに面倒な性格してる。
まだ何か言おうとするディディエをカミルが「まぁまぁ」と宥めてくれていた。ザインもカミルも大変ね。
――建物の修繕。美術品の修復。
この情報はゲームと合致する。
要は入れない建物の中にヴィオレッタが監禁されているのよ。
……ヴィオレッタを救うためにも、情報はどんどん拾っておきたいわ。
あたしは不自然にならないように額の上に手を当てて目を細める。
「どこなら見れるの? ちょっと興味あるのよね、六堂家のコレクションに」
ザインを振り返ると、彼は軽く肩を竦めた。
「面倒くさい」
「は?」
「距離あるし、数もあるし、俺様はゲージュツに興味ねーし……面倒くせぇ」
唖然としてしまった。
本心で言ってるのか、建物に近づかせないために言ってるのか――わからない!
けれど、あたしは気を取り直して大げさにため息をついて見せた。
「ちょっと。ゲストの希望を聞こうって気にならないわけ?」
「どうせなら修繕と修復が終わってから来いよ。来月の半ばには終わるしよぉ……一日くらい貸し切りにしてやるって」
「何よ、それ。そこまで面倒くさがらなくてもいいでしょ。
ディディエ、カミル。ザインが頼りにならないから、どっちか案内して頂戴」
ザインに言うだけ無駄と悟り、ディディエとカミルを振り返る。
が、二人とも顔を見合わせて肩を竦めた。
「オレは寒いからもう戻りたい」
「実は今、全館鍵がかかってて……取りに行くのに時間がかかるんです。鍵の持ち出しは父様にも連絡しなきゃだし……」
「はあああああああ?!」
予想外の返しに大声を上げてしまった。
ジェイルたちがあたしの反応を見て驚いている。
ヴィオレッタが監禁されている建物を絞り込もうと思ったのに……!
それが叶わないばかりか、一気にこいつらが怪しくなったんだけど?!




