21.庭先の思惑
話を聞いて少し考え――ため息をついた。もう何度目になるかわからない。
相変わらず笑ってない目でこちらを見ているザインを見上げた。
「……あんたたちの状況はわかった。けど、すぐに答えは出せないわ。
それに、言い辛いけど……正直、あたしにそこまでする義理はないし、下手に首を突っ込むと後々面倒になりそうで嫌なのよ」
視線を逸らす。
これはただの建前。けれど、こう言っておかないと危ない。
『お家騒動は当事者が解決するもの』。会長の許可なしにあたしを頼る時点でおかしいのよ。
ザインは「わかってる」と言いたげに肩を竦める。
「いーよ、別に。そう考えるのは当たり前だろ。他は? 何か言いたいことか聞きたいこと、ある?」
「じゃあ遠慮なく。なんであんたが個人的に護衛を雇わないの?」
「親父に全部止められてる。敷地は当然警備されてってから、不必要に外に出るなって言われてるけどさ……無理じゃね? こっちにはデートの予定だってあんのに」
最後の茶化すような物言いに、がくっと肩が落ちた。ちょくちょく茶化すのはザインの悪い癖だわ。
あたしは去年ほぼ屋敷に引きこもりだったのよ。こいつ、我慢が足りないんじゃない?
背を壁から離し、ザインの体を軽く押す。
「こんな狭いところじゃまともに考えられないわ。自慢の庭を散歩でもさせて頂戴」
言いながら、ザインを押しのけるように歩いた。
ドアノブに手を伸ばしたその瞬間、ザインの手がその上から覆うように掴んだ。
振り返ると、やけに真剣な顔。
「……俺はさ、内部の人間を疑ってる。だから、敷地内で引きこもってても意味ねぇんだよ」
目が合う。やけに真剣な眼差しだった。
――もしゲームの知識がなければ、きっとその言葉をそのまま信じていただろう。
でも、あたしには『綿密に協力し合うザイン・ディディエ・カミル』というゲームの構図が見えてしまう。
「内部の人間を疑ってる」。
ザインのこのセリフは、あたしにゲームの情報を思い出させた。
だから、信じられないのよね。視線を落とし、息をついた。
「どうしてそれをあたしに言うの?」
「別に。何となくだよ。……なーんか推理ごっこしたそうだったからさ」
ドキッとした。たまに鋭いことを言うのよ、ほんと心臓に悪い。
平静を装って、不機嫌そうな表情を作った。
「あたしが? 嫌よ、面倒くさい。あんたの家のことでしょ。あんたたちが解決しなさいよ」
ザインの手を退け、狭い小部屋を出て応接室へ戻る。
気持ちを切り替えようと、軽く息をついた――。
ん?
なんか、雰囲気が悪い……?
テーブルの上にはカードが散らばり、メロは露骨に不機嫌。ジェイルたちも渋い顔。
対して、ディディエとカミルは楽しそうに、どこか人を食ったような笑みを浮かべている。
後ろから来たザインが状況を察し、ズカズカとテーブルへ向かった。
「おい。ディディエ、カミル。そいつらで遊ぶなよ」
「お前たちを待っている間にゲームをしていただけだ」
「それで、僕たちが勝たせてもらっただけだよ」
しれっと答える弟二人に、ザインは呆れ顔。
「俺様が苦労してる時によぉ……」
テーブルのカードを見ると――ポーカーをやっていたのがわかる。
兄弟が隣同士。ジェイルたちと正面。
ああ、これは……。
メロが不機嫌な理由がすぐにわかって、ふっと笑ってしまった。
「ジェイル、メロ、ユウリ、アリス。次、こいつらとポーカーする時は兄弟を隣同士にしちゃダメよ」
自分でも不自然なくらいににこりと笑ってしまった。メロが目を丸くしてこちらを見ている。
「え。なんでッスか?」
「こいつらはね、兄弟同士でカードを交換するのよ。……ねぇ、ディディエ?」
最後、声が低くなってしまった。
思い出すわ。昔、ザインとディディエとカードゲームをした時のことを……あ、ムカついてきた。
ディディエは、悪びれた様子など欠片も見せずに肩を竦めている。
「気付かない方が悪い。……お前がそんなことを根に持っているとは思わなかったな」
「持つわよ、当然でしょ」
そっちがその気ならと、あたしも堂々と言いきった。
ディディエが嫌そうな顔をしていたので胸がすっとする。
メロを初めとしたメンバーは「なーんだ」という顔をしていた。まぁ、タネが分かっちゃえば大したイカサマじゃないのよね。対策も簡単だし。
通り過ぎざま、廊下に続く扉へ向かう。
「食後の散歩がてら気分転換がしたいわ。――庭、別に見て歩いてもいいでしょ?」
そう言って、応接室に面した広い庭を振り返った。見て回るだけで一日潰せそうな広い庭。
ザインが呆れ顔のままでついてくる。
「仰せのままに。――おめーらも来いよ。気分転換しようぜ」
ディディエとカミル、ジェイルたちを呼び寄せるザイン。
カミルはまるで犬のように嬉しそうについてきたけれど、ディディエは渋々だった。
ジェイルたちも迷いながら立ち上がる。
「お嬢様、外はかなり寒いのでコートとマフラーを忘れずに」
「あ、わたしがお持ちしますね!」
アリスがコート掛けからコートとマフラーを持ってくる。
確かに、窓から見える重い雲。二月という季節柄、かなり寒い。雪でも降りそうだわ。
そうしてぞろぞろと応接室を出て、馬鹿みたいに広い庭を見に行くことになった。
メロがザインとの話を聞きたそうにウズウズしてるけど無視。話せるわけがない。
あたしが外に出たい理由は二つある。
さっきのザインの話を考えたいのがまず一つ。
二つ――実は、ヴィオレッタって敷地内に監禁されている。
ゲームの冒頭では、いかにも「外からふらりと帰ってきた」という描写がされているけど、実際には違う。「いつの間にか屋敷内にいた」のだ。そこはストーリー上のミスリードになっていた。
敷地も屋敷も、思っていた以上に広い。
美術品が置いてある建物もいくつもあって、ゲーム情報だけでは特定は難しい。ゲームだと移動なんかも一瞬だったからね。
最初、「六狼会に行けばなんとかなる」と思ってた節があったけど、またも心が折れそう。
でも、最悪虱潰しにでも探し出すわよ!
が、そんな風に意気込んでいたのも束の間。
「ロゼリアさん! こっちです、こっち! ぜひお見せしたいものがあります!」
外に出た途端、カミルに手を引かれてしまった。こ、こいつ……!
自由に動けるなんて思ってなかったけど、ちょっとはゲストの希望を聞くとかしないの?!
そして気付く。
カミルの周囲には、敷地内を守っているはずの番犬たちが集まっている。
尻尾を振って、カミルを嬉しそうに見上げていた。
その光景を見て、思わず一歩引いてしまう。
「……ちょ、ちょっとカミル。このコたちは……?」
「え? ああ、いつものことなんです。何でか寄って来ちゃうんですよね」
――「何でか」なんて、白々しい言い方だわ。
何でもないように笑うカミル。ザインとディディエも「いつものこと」と言わんばかり。
ジェイルたちはその光景に驚いていた。多分驚くのが正しい反応だわ。
カミルはぐるりと周囲の犬たちを見回す。ざっと十頭いる。番犬としての仕事はいいのかしら。
「でも、こんなに囲まれてたら動きづらいですよね」
そう肩を竦めると、カミルはパンと手を叩いた。
犬たちが一斉にその場に座り、指示を求めるようにカミルを見た。
「僕たちは庭を散歩するから。仕事に戻って。解散!」
もう一度ぐるりと犬たちを見るカミル。犬たちはすぐにすくっと立ち上がり、散り散りに去っていった。
背筋がひやりとする。
――これが、能力の残滓。
いえ、残滓と言うには強すぎる。本当に狼ですら言うことを聞いてしまいそう。
カミルが意味ありげに笑い、あたしを見る。
あたしはどういう反応をしていいかわからず――、ただ見つめ返すしかできなかった。




