20.バック・グラウンド・ノイズ ~イカサマとウィンク~
ロゼリアがザインとその場を去った。
メロはその背中をじっと見つめる。元々ザインのことは特に気に食わなかったが、今の行動で更に嫌いになってしまった。
気まずい沈黙の中、カミルがすっと立ち上がり、ザインが座っていた椅子に移動する。
その隣ではディディエがさっきまで使っていたトランプを手にして、慣れた手つきでシャッフルしていた。
「ゲームの続きでもしよう。やられっぱなしでは気が済まない」
「は~? なんでだよ。ヤだよ」
ロゼリアとザインがいないからか、ディディエが場を仕切る。
カチンと来てしまったメロは口を尖らせて「ふん」と顔を背けた。我ながら子供っぽい態度だと自覚はしていた。
ジェイルとユウリが「おい」「こら」と声をかけてくるが無視だ。
しかし、メロのそんな態度をディディエが鼻で笑う。
「お前は主人が不在の間、応対もできないほど無能なのか?」
「そういう態度は賢い選択じゃないと思うなぁ」
カミルが頬杖をつき、眉を下げながら言う。
なんともこちらを小ばかにした態度だった。
苛立つメロの後頭部をジェイルが叩き、そのまま無理やり頭を下げさせられてしまう。
「失礼いたしました。お付き合いいたします」
「そうだね、その方が良いよ。兄様とロゼリアさんが戻ってきた時、楽しそうな雰囲気の方が良いと思うし」
完全に相手のペースだが、こちらは何か言える立場ではない。ムカつきを抑えながらカミルを見つめた。
ディディエがカードを切り終え、メロたちを順に眺める。
「さて、何が良い? とは言え、お前たちが得意なものは避けたい」
「えーっと、やってないゲームと言うと……ポーカー、ブラックジャック? あと何かある?」
カミルがいくつかゲームを挙げながら再度こちらを見る。
どうやら何をするかは決めていいということらしい。メロたちは顔を見合わせる。
何故かメロに視線が集まり「お前が決めろ」という圧が掛かった。
「え、えー? じゃあ、ポーカー……?」
「わかった。ポーカーだな。……オレが配っていいか?」
「いーっスよ」
ディディエがシャッフルしたカードを五枚ずつ配っていく。
まるで本職のディーラーのような手つきに全員が目を見張る。
外見との相乗効果もあり、何をしても様になる男だった。すぐに不機嫌になるところがなければ、だが。
そして、ディディエがカードを配っている間にカミルがチップを用意していた。準備のいいことである。
カード、チップの準備ができたところでディディエが目を細めた。
「折角だ、何か賭けるか。……そうだな、お前たちが勝ったらあっちで話してることを教えてやってもいい」
「……そうすると、席を外された意味がないのでは……?」
「まぁ、”何でも一つ質問に答える権利”とでも言い換えて貰っても構わない」
ユウリの質問にディディエは軽い調子で答えた。
さっきまでは口数が多い方ではなかったが、ロゼリアとザインが席を外してから随分饒舌になっている。だが、不自然なところは見当たらない。
アリスがおずおずと口を開く。
「ディディエさまたちが勝ったら、どうするんですか?」
「別に。何もしない。――お前たちから何か取ろうなんて考えてないからな」
まるでその価値がないと言いたげだった。面白いはずがない。
質問をしたアリスもあからさまにムッとしている。
しかし――立場上、喧嘩を売ることも買うこともできず、ただ黙るしかできない。
ザインもディディエもカミルも、間違いなく『六堂家の人間』だ。
『自分たち』とそれ以外を線引きする傲慢さは変わらない。
視線一つで、こちらの立場を決めつけてくる。
一々苛立っていてはロゼリアに迷惑がかかる――そう思いながら、メロは黙ってカードを手にした。
「お前から時計回りでいい」
そう言ってディディエがジェイルを見た。
最初からそうだが――ザインにしろ、ディディエにしろカミルにしろ、ロゼリア以外の名前を呼ばない。
単純に覚えてない、もしくは呼ぶ必要性もないというのがひしひし伝わってきた。当然面白い気分にはならないので、こちらの気分は下がるばかりだ。
「……お前って誰ッスか。みんな名前があるんスけど」
ぶっきらぼうに言うと、カミルが肩を竦めた。そして、ディディエの肩をトントンと叩く。
「兄様。……雨宮ジェイルさん、花嵜メロさん、真瀬ユウリさん、白雪アリスさんだよ」
「わかった。雨宮から時計回りだ」
カミルが一人ひとりを指し示しながら名を呼ぶ。ディディエは頷きながら、ジェイルを改めて指名した。
「……わかりました」
ジェイルは何を言っても無駄と悟ったのか、ため息混じりに返事をした。
ゲームスタート――。
ゲーム自体は淡々と進んだ。一応会話は成立するのだが、さっきとは違って雰囲気がピリついているので全く弾まない。楽しそうなのはディディエとカミルだけで、メロたち四人は妙に緊張していた。時折口に運ぶお菓子も、さっきより味がしなくなっている気がする。
カードを交換したカミルが嬉しそうに笑う。
「――わ。勝てそう。レイズ」
そう言ってチップを上乗せした。
メロは自分の手札を見てため息をつく。――ワンペア、とても勝負ができる手ではない。
口を尖らせたアリスがチップをずいっと押す。
「コールです」
「えーっと、じゃあ僕とアリスさんの勝負だね。ショウダウン――ストレート」
「うっ!? ……ス、スリーカードです……」
「あはは、残念。じゃあ、僕の勝ちだね」
アリスはがくっと肩を落とした。カミルが嬉しそうにチップを回収していった。
そして次。
「レイズだ」
ディディエがチップを上乗せする。何とも自信たっぷりである。
そのゲームでディディエに対して勝負をする人間はいなかった。ちなみにフラッシュだったので全員がほっとした顔をしていた。
そうして、ゲームが進むにつれ、胸の奥にざらりとしたものを感じた。
メロはふと手を止める。
ディディエとカミルを交互に見やり、眉を寄せた。
(……あれ?)
手つきな滑らかで、視線も自然。
おかしいところはない、はずなのに――何か引っかかる。
(……こいつら、何かやってる……?)
メロはそう思って目を細める。
さっきから見ているとディディエが勝負をする時にはカミルは降り、逆にカミルが勝負をする時にはディディエは札を伏せてしまう。
ディディエが言い出した賭けの性質上、二人が同時に勝負をする必要はない。
しかし、どうにも気になってしまった。
気になったら黙っていられないのがメロの性格である。
「……ねぇ、イカサマしてないッスか?」
「根拠は?」
さらっと返されてしまい、メロは言葉につまった。
ディディエはふっと笑いながら「二枚チェンジ」と場に二枚捨て、代わりに二枚を手札に加えた。
その動作におかしなところなど見当たらない。
「イカサマを指摘するなら、せめてやった時に指摘しなければ意味がない。
お前は勘がいいんだろうが、なんとなく怪しいと疑って声を上げるのは当たり屋と同じだ」
ぐうの音も出なかった。確かに「何となく怪しい」と思っただけ、何の根拠もないのだ。
ジェイルたちからは「変なことを言うな」と言わんばかりの視線を向けられた。
「でも、気付いただけでもすごいよ。普通の人は気付かないからね」
「カミル」
「あはは。まぁまぁ、いいじゃない。――でもさ、兄様の言う通り、イカサマはその場で指摘しないとね?」
そう言ってカミルはウィンクを投げて寄越してきた。全く嬉しくないウィンクだった。
ほぼイカサマを自白したようなものだが、『いつ、どうやっているのか』はさっぱりわからない。メロだけでなく、ジェイルたちもディディエとカミルの動作を見つめるが――二人とも既にこの回の動作を終えている。
二人は悠然と微笑み、こちらを挑発していた。
「君たちの課題はチームワークかな。個々の能力はいいのに、何だか勿体ないよね」
カミルが残念そうに言う。
チームワークだなんて考えたことがなかった――。
そう思っている間に、ディディエが「フルハウス」と言ってチップを全て掻っ攫っていくのだった。




