19.ヴィオレッタ失踪の裏で
驚きすぎて頭が真っ白になってしまった。
こんなことを言い出すなんて思っても見なかった。
馬鹿なこと言わないで、と言おうとした矢先――。
「ザイン様。申し訳ございませんは自分はお断りします」
「おれも嫌ッス」
「すみません、僕も。ちょっと……」
「わたしはロゼリアさま付きなので困ります」
ジェイル、メロ、ユウリ、そしてアリス。四人が自分の言葉で否定をしていた。
あたしが何か言う前に言われてしまった。……ちょっとホッとしてる自分がいる。
ザインはまるでそう返されるのが予想できていたように笑う。
「ま、そりゃそーだよな。おめーらが断るのは理解できる。
けど、交渉ってのは断られてからが勝負なんだよな。――ロゼリア、ちょっと二人で話そうぜ」
言いながらザインがすっと立ち上がり、ディディエとカミルに視線を送っていた。二人とも無言で頷く。
が、しかし。
「ザイン様、困ります。急に、二人だけで話なんて――」
「うっせーな。真面目な話だよ。……おめー、一々口出しすぎ。子供じゃねぇんだよ」
ガタ、とジェイルが椅子を押して立ち上がる。
ザインが鬱陶しそうにひらひらと振ってジェイルの言葉を遮った。未使用のカップとティーポットをトレイに乗せて片手で持ち上げる。
「ロゼリア、こっち」
あたしはため息をつきながら立ち上がった。ジェイルたちから困惑の視線を向けられる。
正直、ものすごく気に食わないけど――千載一遇のチャンスだわ。
これみよがしにため息をついてからザインの後を追う。
あたしたちが使っていた応接室の奥には小部屋があった。ちょっとした休憩スペースみたい。
ザインは隅にある小さな丸テーブルの上に、持ってきたトレイを置く。カップにお茶を注いでいた。片方をあたしに差し出す。無言でそれを受け取った。
「で、だ。……さっきの話の前に、おめーなんか聞きたいことあんだろ?」
「聞きたいこと?」
「ないならさっきの話を続けるぜ?」
カップを持ち上げながら笑うザイン。
どうやらあたしがヴィオレッタのことを聞きたいと思っていたのがバレていたみたい。
本当に油断ならないやつだわ。仕方ないと、あたしは小さくため息をついた。
「こういうことを聞くのは非常識かと思っていたけれど……。
ヴィオレッタさんの容態、そんなに悪いの? 持病があるなんて聞いたことないわよ?」
言葉を選びながら尋ねるとザインが意味ありげに笑う。その笑い方、やめて欲しいわ。
ザインはお茶を飲んでから視線を伏せた。
「容態、わかんねぇんだよなぁ」
「……どういう意味?」
「――誰も知らねぇんだよ。姉貴がどこにいて、どんな状態なのか」
息を呑み、目を見開いた。
まさかザインがこんなことを言うなんて思わなかった。
今、ザインは六狼会全体でひた隠しにしていた秘密をあたしに打ち明けている――。
伯父様ですら言葉を濁したほどだった。情報を外に出してない可能性は高く、普通ならそんな話を部外者であるあたしするはずがない。
「……あんた、何を言ってるの……?」
内心“やっぱり”と思いながらも、それを表に出さないように表情を作った。意味がわからないと言わんばかりの表情を。
「そういう反応になるよなぁ……」
自嘲気味に言うザイン。その表情は珍しく陰っていた。
あたしは黙って彼が続きを話すのを待つ。ザインはお茶を飲んでから、ため息まじりに話し出す。
「ウチがおかしくなったのはおめーとガロさんが挨拶に来る数日前からだ。
姉貴と突然連絡が取れなくなったんだ。挨拶の準備と打ち合わせの日になっても旅行から帰ってきやがらねぇ」
そこで一旦言葉を切る。何かを懐かしむように、少し遠い目をした。
「姉貴はおめーに会うのをすげー楽しみにしてた。”同世代の会長候補なんて初めて”、って言ってたのに……。
いきなり姿消すなんておかしいだろ?
ずっと探してるけど見つからねぇんだよ……」
ごくり、と生唾を飲む。
ザインはあたしのことを見ずに淡々と話している。
わざと悲しそうな顔をしているのか、演技をしているのか、全く判断がつかない。
「で、親父が事故と誘拐の二つの線で追ってる。でも、事故ならすぐ見つかるし連絡来るだろ?
今は誘拐の線を疑って全体がピリピリしてる。――俺らに護衛がいねぇのは親父が一斉に解雇と謹慎命令出したからだよ。
内部犯も疑ってるからな。近くにいた奴ほど怪しいんだとさ」
「……普通逆じゃない? そんなことになったらもっと警備を強化するんじゃ……」
思わずそんなことを口走っていた。
すると、ザインがあたしを見る。ひどく自嘲気味の笑い方をした。
「言ったろ? 俺も、ディディエも、カミルも、『会長』の座から遠い存在なんだよ。けど、『六堂家の直系』。
もし相手が外部犯なら『新たな餌』になるんじゃねぇか、って期待してるみてぇなんだよ。
まー、おふくろたちはこのやり方に大分反感持ってるけど……意見できる立場にねぇからな」
絶句する。
実の父親が、息子をそこまで軽んじる?
でも、そう言えば――と、ゲームのことを思い出す。
『ブラック・ロマンス』の中にもそんな描写があったわ。会長であるジョウジ様が関心を寄せているのはヴィオレッタとコウセイさんだけ。それ以外の兄弟のことは『予備扱い』で……。
そして、ザイン、ディディエ、カミルが協力する理由はそんな父親に対する復讐だった、という話だったはず。
何も言えずにいるとザインがカップにおかわりを注いでいる。
「護衛がいなくて気楽っちゃ気楽だけど……まー、多少身の危険は感じる。特にディディエは神経質だし。
だから、これまで以上に三人で行動してる。とは言え、限界があんだよな……常に自分に他の二人を付き合わせるわけにもいかねーし」
そこまで説明されてようやく腑に落ちた。お茶を飲みながら一息つく。
「それで”誰か一人くらい”ってことなのね」
「御名答。別にずっといてくれってわけじゃねぇぜ? ちょーっと俺らの”客”として留まってくれりゃいいんだよ」
あたしはカップを置いてため息をつく。
挨拶に来た時からなんか変な感じだったけど、こういう話をするために六狼会へ招きたかったのね。あたしの家でこんな話をすれば断られて追い払われて終わりだもの。
じっとザインを見つめる。
「ねぇ、あんたたちがあたしの言うことを聞いてくれるのよね?
なのに、こうしてあたしにお願いしてるのはおかしいんじゃないかしら」
「ご尤も。でも、言ったろ? 交渉だ、って」
「……あたしからも何か条件を出していいってことなのね。もしくは見返りか」
「話が早くて助かるわ」
ザインは楽しげに、そして満足げに頷いた。
こいつの方が一枚上手だったわ。悔しいけど。
「どうしてあたしなの?」
「簡単だよ。それなりの立場にいて、俺が話をつけられそうな相手はおめーしかいなかった」
消去法というか、一択だったのね。
あたしは壁に背を預けて考え込んでしまった。
カミルが黒幕かどうか、暴くチャンスだと思う。けど、その代わりに四人のうち誰かを危険な目には遭わせられない。しかも事情を話せば絶対にジェイルが反対する。
……困ったわ。何ならあたしが客として留まりたいくらい。
眉間に皺を寄せて考え込んでいると、ふっと影が落ちる。
見上げるとザインがすぐ至近距離で立っていた。壁に手をつけて――いわゆる壁ドンの状態で。
「おめーには全く関係のねぇ話だし、悩んでくれるだけでも有り難いと思ってる。
……急かしたくねぇけど帰るまでに返事が欲しい。聞きたいことがあるんなら何でも聞いて」
――カミルが犯人じゃないという証拠は?
そう聞きたいのをぐっと堪えた。
ザインがここまで内情を明かしたのはチャンスでしかない。
どう動くべきか、どう判断すべきか。壁ドンなんて状況なんて忘れて悩んだ。
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