17.カミルとマカロンの悲劇
「やっぱり広いわね……」
広大な敷地に、綺麗に整えられた庭園。
六堂家の屋敷はまるで異国の城のようだった。
白亜の壁に彫像、噴水、花壇――どこを見ても眩しくて、思わず息を呑む。
九条家は“和×中華”の混合っぽい雰囲気だけど、六堂家はザ・西洋。
まるで別ゲー。美術品とか骨董品とかの蒐集が趣味らしく、そのための建物まである。
でも、知ってる。『ブラック・ロマンス』では、六堂家の”趣味”に対して意見が家中で別れている。
実際に見ると、あまり実感が沸かないわ。
ゲームで描かれていたような財政難や兄弟間の意見の対立なんて――どこにも見えない。
だって、あまりに綺麗すぎるから。
……でも、あたしは、それらを探っていかなきゃいけないのよ。
「ようこそ、ロゼリアさん。来てくれて嬉しいです!」
大きな玄関の前で出迎えてくれたのはカミル。
前と同じように人懐こそうな笑みを浮かべている。
あたしの後ろにいる四人を見ても同じような笑みを向けた。
「皆さんもようこそ。ゆっくりしていってくださいね」
「こちらへどうぞ」とにこやかに中へ案内するカミル。
……前回あんな腹黒さを見せたのに、よくもまぁそんな笑顔を。まあ、猫かぶるのが上手いのは知ってるけど。
ジェイル、メロ、ユウリ、アリスの四人は当然って顔をしてついてきた。
こいつら全然納得してなかったのに、何故か急に大人しくなった。ジェイルは全く納得してなかったし、メロはあんなにギャーギャー言っていたのに。驚きを通り越して不気味さまである。気にしてる余裕ないけど。
中に入ると──ザインが待っていた。
「わざわざ悪ィな。移動距離長ぇし、疲れただろ」
「それはお互い様。でも、その分ちゃんともてなしてくれるんでしょう?」
「もちろん。準備の時間も貰ってるからな」
にやりと笑ったザイン。
午前中がほぼ移動時間となった。意外に遠くて、気軽に遊びに行ける距離じゃない。
あたしが住んでいる椿邸の何倍もあって、とにかく広い屋敷だった。部屋もいくつあるんだって感じ。
「……お城か宮殿みたいよね、あんたの家」
以前、『次期会長候補』として挨拶に来た時はこんな気軽な会話はできなかった。
思ったことを素直に口にするとザインが肩を竦めて苦笑する。
「昔の人の趣味らしいわ。正直広すぎだよ、こんなん。お前の家くらいがちょうどいいだろ」
「小さい頃にかくれんぼしたら見つからなくて大騒ぎになったよね」
「おめーがな」
楽しそうに言うカミルに対し、呆れて突っ込むザイン。思わず笑っちゃったわ。
その時、ザインが慌てたんだろうなということも、カミルはただ楽しかったんだろうということも想像がついて。
――やっぱり兄弟仲はいいのよね。
そんなことをしみじみ感じていると、不意にザインが振り返った。視線はあたしの後ろに注がれてる。
「……おめーら五年前にもいたよな。前も思ったけど、まだロゼリアについてるとは思わなかったわ。散々な扱いだったろ、昔は」
同情的な視線と態度だった。肩越しに振り返ると、メロとユウリがきょとんとしている。
二人は揃って顔を見合わせ、肩を竦めて笑った。
「まぁ、色々あったんで」
「はい。色々ありましたので」
「……ふぅん」
意味ありげに笑うザイン。こいつ、いちいち思わせぶりなのよね。つい警戒してしまう。
牽制するように見つめると「そんな目で見るな」と言いたげに笑っていた。
彼らが帰って、ジェイルたちからカミルのことを報告された後。
自分なりに色々考えてからここにいる。
そもそもあたしが生きていて、こうしてザインたちとコンタクトを取っていることはイレギュラー。けれど一方で、ヴィオレッタが攫われる計画は結構前から練られていて、あたしの生死に関わらず実行はされていた。
つまり?
何もわからないってことよ、悔しいことにね。
とにかく情報をガンガン取るしかない。警戒されない程度にね。
ザインとカミルに案内されるがまま廊下を進んでいく。
基本、真っ直ぐ進んでいるんだけど、とにかく広くて圧倒される。メロなんか、ずっとキョロキョロしてた。
軽く雑談をしながらついた先は応接室らしい場所だった。
「……そういや、おめー食えないもんってあったっけ?」
「今はないわ。出されたものは美味しくいただくわよ」
「真面目になりやがって……」
「ロゼリアさんには立場があるからしょうがないよ。……正直、兄様は自由にし過ぎだと思う」
「うっせー」
先月の挨拶の時に通されたのとは別の応接室。白を基調とした部屋で、静かで落ち着いた雰囲気があった。
庭に面していてガラス張り。トピアリー、噴水、花壇が綺麗に見えた。いいわね、風情があるわ。
「ロゼリアさん、こっちです!」
「ちょっ!?」
カミルが無邪気に手を引く。こ、こいつ……!
メロが「おい!」と声を上げ、ジェイルに殴られていた。窓に映っていた。
「綺麗でしょう? ここから見える景色がお気に入りなんです。雪が降るともっと綺麗なんですよ」
「……へえ。カミル、手を離してくれる?」
「あ、ごめんなさい。ロゼリアさんが来てくれたのが嬉しくてつい」
嬉しそうなカミルに少しだけ気が引けたけど、落ち着いた声ではっきりと言う。カミルは申し訳なさそうな雰囲気を出しながらぱっと手を離した。
この子、本当にどこまでが素でどこまでが演技なのかしら。
周りにいなかったタイプで戸惑うわ。
――それはそれとして、確かに綺麗ね。
白い噴水に、白い花で埋め尽くされた花壇。トピアリーは白鳥の形。センスを感じる。
「俺様にはゲージュツを解するココロがねーからわかんねーけど、みんなここの景色が好きなんだよな」
ザインが隣に並んで呟いた。
軽く振り返り、ジェイルたちを見る。
「おめーらはどう思う?」
……ザインってなんだかんだ律儀よね。ジェイルたちも”客”として扱ってる。
「はい、美しいと思います」
「九条家にはない庭なので驚きました。とても綺麗です」
相手の機嫌を損なわないように当たり障りのない言葉で褒めるジェイルとユウリ。
しかし――。
「おれはよくわかんないッス。ゲージュツとか興味ないし。金かかってんなーって思うくらいッスね」
「わたしは薔薇が一番綺麗だと思うので……あんまり……」
正直に思ったことを言うメロとアリス。
ザインがおかしそうに笑い、カミルは困ったように笑っている。ジェイルが二人を睨んでいて、ユウリは「あちゃー」と言わんばかりに額を押さえていた。反応も様々だわ。あたしは呆れるだけだけど。
メロはともかく、アリスまでどうしてこんなことを言うのかしら。
「メロ、アリス。失礼よ」
「いーって。気にすんな。――とりあえずこっち」
ザインは軽い調子で言いながら、だだっ広い応接室を歩く。
この部屋、どこもかしこも真っ白でちょっと落ち着かないわね。綺麗ではあるんだけど。
奥には暖炉と白いテーブルセットが置いてあった。テーブルの上にはスイーツがところ狭しと並んでいる。
うわーーー、美味しそう。
「適当に座って。折角用意したんだし、全部食うつもりでヨロシク。
おめーらも座れよ。――最近大人数でダベることがなかったからさぁ、暇つぶしだと思って付き合えよ」
ジェイルたちは顔を見合わせる。戸惑いながらもテーブルに近づいた。確かに人数分の量があるわ。
あたしが言われた通り適当に座る。
すると、何故かカミルが横に座った。機嫌良さそうににこにこしている。
「……ちょっと。あんた、何なの……?」
「え? 僕はロゼリアさんと仲良くなりたいだけなんですけど……」
「ちょっとザイン! カミルをどうにかして!」
「兄でしょ!」とザインを睨む。が、ザインは「ご愁傷さま」とでも言いたげに笑っていた。
ジェイルたちも驚き、或いは憤っている。
「懐かれてるだけじゃん。いーだろ、別に。俺様はそいつに懐かれすぎて疲れてっから頼んだ」
「はあ!? なにそれ!?」
そ、想定外。
カミルがここまでグイグイくるとは思わなかった。っていうか、懐かれてるって言う? コレ!
弟が自分の元カノに懐くのを良しとするってどういう神経してるのよ……。
出鼻をくじかれ、「このタルト美味しくておすすめです」と笑顔のカミルにひたすら戸惑う。
……メロが唖然とした顔でマカロンを取り落としていて、ますます頭痛い。




