15.冷静と焦燥のあいだ
あたしはジェイルを見つめたまま黙り込んだ。
表面上は「どうしてそんなこと聞くの?」とでも見えているはず。
かと言って、本当のことなんて絶ッ対言えない。
下手すると正常じゃないと判断されて、また医者を呼ばれてしまう。
あんまりこういう態度は取りたくないけど……。
「別に何もないわよ。……あんた、あたしが他の会の人間と話すのが気に入らないの?」
ジェイルの顔に焦りが浮かぶ。
我ながら嫌味な聞き方よね。でも、この際ジェイルから不審がられても構わないわ。
「そ、そういうわけでは……」
「ザインもディディエも同い年だから丁度いいのよね。他で気軽に声を掛けられそうな相手もいないし」
焦りを見せるジェイルの言葉に被せて言うと、彼は押し黙ってしまった。
これは本当の話、なんだけど……。
りょーこを助けるために必要とは言え、自分で『次期会長』への道を丁寧に舗装してる気分だわ……。会長になる気なんてないのに、何だか変な感じ……。
「もしかして、あんたもメロと同じようにザインかディディエのどっちかとヨリを戻すんじゃないかって疑ってる?」
ジェイルが黙っている隙に畳み掛ける。歯痒そうな顔をしていた。
何も言わないのを確認してからメロへと視線を向ける。
「メロ、あんたも気に入らないの?」
「そりゃー……そうッスよ。おれはザインもディディエも好きじゃないし、今日のことがあったからカミルも嫌いになったし……別に六狼会じゃなくていいじゃんって思うッスよ……」
メロは拗ねた顔をして答える。
ジェイルとアリスはメロの言葉に同調するような様子を見せていたけど、ユウリだけは何か考え込んでいた。
気にせず続ける。
「ふーん? じゃあ、他に声を掛けるとしたらどこがいいと思う?」
「そ、それは……! っていうか、お嬢! おれがそういうのに疎いの知ってて聞くのズルくないッスか!?」
「だって、ただ”気に入らない”って理由だけで反対されても困るのよ。
あたしがどうしたいかは、あたしが決めるの」
はっきりとそう言い放つと全員黙ってしまった。
――よし。これでゴリ押せそう。
こういう時、あたしの我儘で傲慢な性格って動きやすいわ。多少無茶苦茶なことを言っても周りが黙ってくれるもの。
相手に悪いと思うし、それが裏目に出ることもあるけど、今はそうも言ってられない。
「……でも、ロゼリア様は――」
控えめに、そうっと。ユウリが声を出した。
あたしは心の中で警戒度を上げながらユウリを見る。
「何? 言いたいことがあるなら言って頂戴。聞いてあげるから」
「……いえ、すみません。何でもありません」
ユウリはあたしの視線から逃げるように顔を背け、静かに首を振った。
何も言わなかったことにホッとする。
「じゃあ、もういい? 忘れないうちに伯父様に連絡したいの」
言いながら立ち上がって、執務机に置きっぱなしの携帯電話を手に取る。未だにガラケー。早くスマホに進化して欲しいわ。
ジェイルたちは納得してなさそうな顔のまま、渋々と立ち上がった。
その様子を見てイラッとしてしまう。
――『気に入らないならついて来なくていいし、護衛も側近も秘書も降りてくれて結構よ』
そんな言葉を吐いてしまいそうになるのをぐっと堪えた。
あたしの我儘で傲慢な性格はそんなに変わってない。『レドロマ』の悪女・九条ロゼリアのまま。
少し我慢を覚えただけ。伯父様への贖罪の気持ちがあるから、それらしく振る舞っているだけ。一つでもきっかけがあれば、あたしはきっと他人を平気で傷つける悪女に成り下がってしまう。
けれど、そんな悪役には戻りたくない。
なのに。
すごく焦ってるせいで、些細なことでキレてしまいそう。
携帯を操作して伯父様の番号を呼び出しながら、ゆっくりと深呼吸をした。
「お時間をいただき、ありがとうございました。自分たちはこれで失礼します」
「……ええ。何かあればまた呼ぶわ」
パタンと扉がしまった。ジェイルたちは出ていってしまい、執務室にはあたし一人が残される。
ぎゅうっと携帯を握りしめて、もう一度深呼吸をした。
「もっと、冷静にならなきゃ……八つ当たりなんてしちゃダメ……」
自分にそう言い聞かせる。
無理ゲーかもしれない。りょーこはもう洗脳されきってるかもしれない。
でも、何もしないままではいられない。
あたしの時は半年あった。けど、りょーこを救える時間が後どれだけ残っているのかわからない。
だからこそ、焦ってるのがはっきり自覚できた。
自分が冷静じゃないのを理解しながら伯父様に電話をした。仕事中だったら着信だけ残しておこう。
意外にも、伯父様はすぐに出た。
『ロゼ?』
「伯父様! ごめんなさい、急に電話しちゃって……今大丈夫?」
『おう、いいぞ。何かあったのか?』
「実はね――」
ザインたちに会ったこと、六狼会に行くことを手短に伝えた。
彼らと麻雀をして圧倒的に勝ったことも伝えておく。
「一応伯父様の許可が欲しくって……六狼会、行っても良いわよね?」
『……んー……』
唸るような声が聞こえる。あ、あら? 気楽にオッケーしてくれると思ったのに、予想外の反応。
あ、違う!
伯父様の耳には”ヴィオレッタの失踪”が届いてるんだわ。しまった、そうすると藪蛇だったかもしれない。
あたしはソワソワしながら、携帯を持つ手に力を入れてしまった。
「……だ、だめ? 何かまずいのかしら……?」
『――いや、そういうわけじゃねぇ。……まずい気もするが……まぁいいか、直接何か言われてるわけでもねぇし』
向こう側からまるで独り言のようなボヤキが聞こえてくる。一体何のことかわからない。
『悪ぃな、ちょっと独り言だ。六狼会に行くのは構わねぇけど、迷惑かけるなよ』
「本当? よかった。お邪魔する立場だもの、迷惑なんてかけないわ」
『……あー、ロゼ。もし聞けたらでいいんだが……ヴィオレッタが元気にしてるか聞いといてくれ』
「ええ、任せておいて。あたしも気になってたから。聞けそうなら聞いておくわ」
よし。これでもう一度ヴィオレッタのことを聞く口実ができたわ。
――それはそれとして。
伯父様のところには詳細な話は届いてないみたい。六狼会の会長であるジョウジ様が依頼をかけたのは『陰陽』で、しかも秘密裏での依頼だった。伯父様には話がなくて当然かしら。なんかモヤモヤするけど。
伯父様としては、知らないふりをして探りたいってところ?
『あそこは男兄弟が多いから気をつけろよ』
「やぁね、わかってるわよ。簡単に誘いになんて乗らないわ」
『そうじゃねぇ。”お前の方が”あいつらに色目を使うなよって言ってんだ。……前科があるんだからな』
あたしは笑顔のまま固まった。
伯父様にこんなことを言われるなんて思わなかったわ……。
当時は何も言われなかったけど、ザインとディディエへの二股、相当気に入らなかったのね。
「だ、大丈夫よ。二人は今日ちゃんと謝って、その上で誘ってもらったの。
……ああいうことはもう二度としないから。安心して」
『そうなのか。ならいい。楽しんでこいよ』
伯父様に電話をかける前に感じていた焦りが不思議と消えていく。
――そう、伯父様をもう二度と悲しませない。
そのためにも冷静にならなきゃ……。
「ええ、ありがとう。迷惑かけない程度に楽しんでくるわ」
『そうしてくれ。――困ったことがあれば相談しろよ』
「頼りにしてるわ、伯父様。大好きよ」
伯父様は照れくさそうに笑い、「じゃあ切るぞ」と言って切ってしまった。
通話の切れた携帯を見つめる。
これで六狼会に問題なく行ける。
ヴィオレッタの病状を尋ねる口実もできた。
後は――あたしが焦らず冷静に行動できるかどうか、ね。




