13.バック・グラウンド・ノイズ ~カミル、その裏側~
ロゼリアに追い出された。カミルまで廊下で待たされている。
カミルは窓の外に視線を向け、番犬たちを見下ろしていた。ジェイルは流石にまずいと思い、カミルに近づく。
「カミル様。別室にご案内いたします」
「え? ああ、いえ、すぐ終わると思うのでこのまま待たせてもらいます。お気になさらず。
……それにしても。ジェイルさん、すごいですね」
カミルが穏やかに笑い、ジェイルを見つめる。
ジェイルの身長は百九十近く、カミルは百七十半ば――身長差があるにも関わらず、カミルは堂々としている。下から二番目、後継者からは遠い位置であっても、血筋と育ちを感じさせる振る舞いだった。
何がすごいのかと、ジェイルは首を傾げる。
すると、カミルはおかしそうに笑った。
「さっき、五年前のことを謝罪されたじゃないですか。自分には全く関係ないのに。
ああいうの、なかなかできることじゃないと思います。だから、すごいなぁって……」
にこにこと笑いながら言うカミル。その態度はとても好意的だった。
ジェイルは若干戸惑いながら、ゆるく首を振る。
「い、いえ……勿体ないお言葉です」
戸惑いのままにそう返す。
五年前、ロゼリアの言動でディディエが相当に腹を立てたと聞いている。ロゼリアの代わりにメロとユウリが頭を下げたという話だったが、当時の三人の関係性は良くなかった。謝罪と言っても相当におざなりなものだったはずだ。
ロゼリア自身、口が裂けても謝罪は口にしなかったと聞く。
だから、話が蒸し返される前にジェイルが流そうとしただけだ。
妙なむず痒さを感じながら、カミルを見つめ返した。
「……ジェイルばっかりずるくね? おれらだって五年前めっちゃ謝ったのに」
「シッ! あの時は嫌々謝っただけでしょ!」
むっとするメロの口を、ユウリが慌てて押さえた。
ちらりと二人を振り返って小さくため息をつく。
「……申し訳ございません。騒がしくて」
「いえ、気にしてませんよ。むしろ、賑やかで羨ましいくらいです。
皆さんはロゼリアさんについて長いんですか?」
ぐるりとカミルがその場にいる人間を見回す。いかにも興味津々と言わんばかりだった。
「おれとユウリは子供の時から一緒にいるッスよ」
「へえ、何歳からですか?」
「お嬢が八歳の時からッス」
「長いんですね。ジェイルさんと、あなたは?」
メロとユウリはガロが「ロゼリアの味方になるように」と言う理由で孤児院から引き取ってきた。その関係性が形を変えて現在まで続いている。
カミルは次にジェイルとアリスに視線を向けた。ただの雑談だ。聞かれて困る話題でもない。
「自分はお嬢様の護衛になって三年です」
「わたしは、去年の九月から……正式に専属にしていただいたのは十二月からです」
「なるほど。ありがとうございます」
全員から聞くとカミルは満足気に頷いた。
それから、まるで値踏みするように四人を眺め――最後にジェイルに視線を向ける。
「一つ、お聞きしてもいいですか?」
「はい。自分でわかることであれば……」
「ロゼリアさんって婚約者は決まってないですよね?」
微妙な沈黙が落ちた。
「また微妙な話題を……」という心の声が重なる。メロとアリスが特にむっとした様子でカミルを睨んだ。
「……なんでそんなこと聞くんスか?」
どう答えようか悩んでいる隙にメロが口を挟んでしまう。敵意剥き出しなのを見て、手で制した。
カミルが目を丸くし――そして、微笑みを深めた。
「なんで、って……僕が候補に入れるか知りたいんですよ。
ロゼリアさんよりも年下だし、余計なことは言いません。ガロさんにも気に入って頂けると思うので、相手としては最適でしょう?」
胸に手を当てて、堂々と言い放つ。
六堂家の血を引き、会長の座からは遠くとも相応の教育を受けている。
条件だけ聞けばロゼリアの婚約者候補に入るのはわかる。
しかし、どうにも気に入らない。
それを察してか、カミルは人懐こそうな笑みを浮かべて四人を眺めた。
「会同士にメリットがある婚姻がいいに決まってる。優れた人間が選ばれて今の体制を築いて維持してるんだ。
――君達がロゼリアさんに想いを寄せるのは勝手だけど、『下の人間』の血を混ぜるなんて愚行だよ」
声の温度だけが下がる。
空気に罅が入った。
カミルは笑顔だが、細めた目は氷のようで――こちらを完全に見下していた。
一番最初に頭に血が登ったのはメロだ。ジェイルを押しのけて、ズカズカとカミルに詰め寄った。
「はあああああああああ!? おまえ、おれに喧嘩売ってる!?」
「嫌だな、本当のことを言っただけなのに。……そんなに怒るってことは、全部図星?
ロゼリアさんが好きなのも、自分が釣り合わないって思ってるのも」
「ッ、てっめぇ……!」
メロのこめかみに青筋が浮く。握りこぶしを震わせたのが見えた。
ジェイルは慌ててメロを羽交い締めにして取り押さえた。腕の中でバタバタ暴れるメロを強めに締める。
殴られそうになっていたカミルは平然とした態度で立っていた。――薄ら笑いさえ浮かべている。
ユウリとアリスがメロを隠すようにカミルの前に立つ。そして、二人はほぼ同時に頭を下げた。
「カミル様、失礼いたしました」
「暴言をお詫びいたします。申し訳ございませんでした」
「いいよ、気にしてないから。
でも、覚えておいてね。ロゼリアさんは間違いなく九条家を継ぐ人間だよ。なら、相手だって相応であるべきじゃない?」
にこやかに手を振って笑うカミル。妙な圧を感じてしまい、何も言えなかった。
しばしの沈黙の後、ユウリが恐る恐る口を開く。
「……間違いなく、とは……どういう意味でしょう……?」
「君達にはわからないよ。でも、僕にははっきりわかる」
要領を得ない回答だ。しかし、それ以上聞くこともできない。
ユウリが「ありがとうございます」と言った直後、アリスがずいっと前に出た。
カミルを睨むように立つものだから、流石のカミルも少し驚いてる。
「カミルさまは確かに六堂家の方で教養があり、婿入りに申し分ないかもしれません。
けど、けど……それだけの理由でロゼリアさまの横に並べるなんて思わないでください。あの人はもっともーっと高嶺の花なんですから!」
まるで小さな子供の我儘のような言い方だった。
面食らったカミルは少し押し黙り――年相応の少年のように笑った。
「――ははっ。確かに、それは本当にそうだね。僕も天狗になりすぎないように注意しなくちゃ……」
どの口が、と思っていると庭で番犬がワンワンと吠えた。
その鳴き声に呼応するかのようにカミルが視線を応接室の扉に向ける。
「……ああ、話が終わったみたいだね」
中の様子なんて知り得ないのに、確信してるようだった。
その直後、中からロゼリアたちが出てくる。
どうやら話は終わったようだ。
カミルはザインとディディエに駆け寄っていく。「何の話だったの?」と無邪気に聞く姿は、どこをどうみても”弟”だった。
メロを一旦別の用事で外させて、ロゼリアとともに三人を見送る。
――先程のカミルの言動、表情、視線。
あんな風に明確に見下されたのは初めだった。思い出すだけで憤りと苛立ちを覚える。
ロゼリアとカミルを二人きりにさせてはいけない。
そう決意するが、彼の微笑みの奥に何が潜んでいるのか――誰も知らなかった。
お読みいただきありがとうございました。
「バック・グラウンド・ノイズ」とサブタイトルがつくものはロゼリア以外キャラによる三人称視点の話になります。




