12.やっと向き合う瞬間
よし。想定外のこともあったけど、これでお膳立ては整ったわ。
有利な条件で六狼会に行ける。
今できることとしては上出来よね、多分。
手応えに満足しているとザインがお茶を飲みながら口を開いた。
「で、いつ来る?」
「別に明日とかでもいいわよ? あたしの気が変わらないうちにね」
笑いながら告げる。まさか明日とは思わなかったのか、ザインが目を丸くしている。
以前のあたしは気分屋だった。だから、こういう言い方でもおかしくはない。人間、そんなに簡単に性格は変わらないしね。
ザインが口の端を持ち上げ、何か言おうとしたところでジェイルがずいっと前に出てきた。
「お嬢様、お待ち下さい。他の会へ赴く予定をそんなに簡単に決められては困ります」
ジェイルが毅然とした態度で一刀両断してしまった。
か、堅物……。ちょっと態度や判断基準が甘くなったと思ったのに、こういう時は本当に真面目だわ。
「あたしとザインの約束よ、問題ないでしょ」
「約束自体は結構です。ですが、一度ガロ様にご相談をお願いします」
舌打ちしたくなるのをぐっと堪える。水を差されたザインは呆れた顔でジェイルを見つめた。
「……おめー堅すぎだろ。ウチの親父だってもっと簡単にポンポン約束してくるぜ。大体、会同士の交流が悪いわけねーし」
「ザイン様の仰る通りです。しかし……お嬢様とザイン様の間には、その、一時期不穏な噂がありましたので……。
九龍会、後継者候補たるお嬢様の悪評は防ぎたいのです」
ジェイルの言葉に何も言えなくなった。
確かに”二股をかけていた元カレのところに遊びに行く”って、ちょっと軽く考えすぎ?
だからって六狼会に遊びにいく予定は絶対に変えないけど。
少し躊躇っていると、ディディエが腕組みをして大きくため息をついた。
「その不穏な噂とやらの原因は、全部ロゼリアなんだが?」
ディディエの態度は不遜かつ不機嫌なものだった。
あたしの二股に一番腹を立てたのはディディエ。自分の存在が軽んじられた、侮辱されたと感じたらしい。根に持つのもしょうがない。
ジェイルはディディエの態度に怯むことなく、神妙な顔をして頷く。
「はい、ディディエ様のお言葉の通りです。当時のことに関しては、自分もお嬢様に非があったと認識しております。
ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」
そう言ってジェイルは深々と頭を下げた。
部屋が水を打ったように静まり返る。あたし含む全員が唖然としていた。
ジェイルがあたしについて三年――。五年前のことを、ジェイルは知らない。
なのに、まるで自分のことのように謝罪をした。
ハッと我に返り、慌ててジェイルの腕を掴んだ。顔を上げたジェイルを睨む。
「ちょっと! あんたが謝ることじゃないわ! あたしの問題よ、静かにしてて頂戴!」
「ですが、」
「ですがもへったくれもない! 伯父様には相談するわ。だから下がってて!」
そう言ってジェイルを無理やり下がらせた。
ああ、恥ずかしい。当時は何とも思わなかったけど、自分の失態を誰かが代わりに謝罪するなんて……なかなか屈辱だわ。
あたしとジェイルのやり取りを見たザインが笑う。
「ロゼリア」
「な、何よ」
「そいつ大事にしろよ。後ろの奴らもな」
し、知ったような口を~!
同い年のはずなのに微笑ましげにこっちを見てくるものだから、悔しさと屈辱のせいで返事ができなかった。
しかもどさくさに紛れて、伯父様に確認することになった。……ジェイル、多分そこまで見越してたわよね。
「僕たちもあとで問題になるのは困るので……ガロさんの了解が得られたらご連絡ください。
……兄様、そろそろ――」
「ん? ああ、もういい時間だな。ロゼリア、久々に会えてよかったわ。俺らはそろそろ帰るぜ」
カミルに促され、ザインとディディエが立ち上がる。
あたしも同じように立ち上がった。
三人が部屋を出ようとしたところで、決意を固めるみたいに手を握りしめる。
ゆっくりと深呼吸をし、ザインとディディエの背中を見つめた。
「――ザイン、ディディエ。ちょっと三人で話がしたいのだけど」
二人が立ち止まり、驚いたように振り返る。お互いに顔を見合わせていた。
そして、関係ないはずのメロが目を焦ったような顔をする。
「お嬢!? さ、三人で、って……この二人とッスか!?」
「そうよ。だから、あんたも部屋を出て頂戴」
「えええっ!? い、いや、三人って……ユウリ、アリス、離せよ!」
シッシッと手を払うと何故かメロがショックを受けていた。けれど、あたしの指示を聞いたユウリとアリスがメロの両腕をがしっと掴み、ずるずると引き摺っていく。
カミルはジェイルに促され、少し心配そうにしながら部屋を出た。
ジェイルが最後に出ていき、「失礼します」と言って扉を閉める。
そして、部屋には三人きり。
自分で言い出したこととは言え、緊張するわ。
ザインが腰に手を当ててあたしを見る。ディディエは不機嫌そうに腕組みをしていた。
「で? 何? ヨリを戻してぇって話なら考えてもいいけど」
「冗談じゃない。オレは絶対に嫌だ」
「っ違うわよ! そうじゃ、なくて――……」
言葉がすぐに出てこない。
ふんぞり返って生きてきたあたしにとって難しいこと。けれど、ケジメはつけなければいけない。
何か言おうとしてはやめる――。そんなあたしの様子は二人の目に奇異に映ってたらしい。不思議そうに顔を見合わせて、互いに肩を竦めていた。
ゆっくりと深呼吸をする。
そして、二人の顔を順に見つめた。
「ご、五年前のこと……二股なんてかけて、悪かったわ。本当に、ごめんなさい」
少しつっかえながら言い切り、静かに頭を下げた。
ザインとディディエから驚いた気配がはっきりと伝わってくる。
――そりゃ驚くでしょうね。以前のあたしは謝罪なんて絶対にしなかったもの。したとしても「謝ればいいんでしょ」という態度で余計に反感を買っていた。
けど、五年前のことをなかったことにはできない。
特に今、六狼会に行こうって段階でなあなあにできる問題じゃなかった。
許されるとは思ってない。
ただ、謝意を伝えたかった。
「おめーさー……今の立場でそんな簡単に頭下げるなよ」
呆れた声が聞こえる。
様子を見ながらゆっくりと頭を上げると、ザインが呆れ顔をしていた。
「もーいーよ。五年も前の話だぜ? まぁ、ディディエはかなり根に持ってっけど」
「うるさい。簡単にもういいと言えるお前もどうなんだ」
「そりゃイケメンが二人いたら選べなくなってもしょうがねぇしな」
軽い調子のザインに、まだ根に持ってそうなディディエ。
少しだけ緊張がほどける。もう一度ゆっくり息を吐き出し、口を開いた。
「……許して欲しいとは言わないわ。ただ、反省はしてるし、何度でも謝罪する意思はある。
それだけ、伝えたかったのよ」
ザインがあたしをじっと見つめる。まるで観察するみたいに。
「……お前、変わったな」
「相変わらずって言ってたのはどこの誰よ」
「俺様だけど。そりゃ表面上の話だよ。こうしてちゃんと向き合えば、お前が変わったってわかる。
あの四人がお前の言うことを素直に聞いてるのもその証拠だろ。
ま、謝罪は受け取ったし、ほんと水に流すわ。俺は」
”様”が抜けた。ちょっと素が出たわね。
ザインがディディエの脇腹を肘でつつき、何か言うように促す。ディディエは嫌そうな顔をしながらため息をついた。
そして、あたしを真っ直ぐに見つめる。
「……ロゼリア。お前の謝罪の意思は伝わった。だが、今はそれだけだ」
素っ気なく言うと、ふいっと顔を背けてしまった。
ディディエが簡単に許せない理由は生い立ちにも関係してる。ザインみたいに水に流せるなんて思ってない。今はこれで十分だわ。
安堵して胸を撫で下ろす。
「ありがとう、ディディエ。それで十分よ」
その言葉を聞いたディディエが何故か驚いていた。なんで驚くのよ。
とは言え、それ以上深追いするつもりなんてなかったし、長引くと他のみんなを心配させてしまう。
「用事はこれだけよ。今日は来てくれてありがとう。
ザイン、都合の良い日をまた連絡頂戴」
「お、おう……」
そう言って応接室から出る。
ザインとディディエが少し遅いのが気になったけど、二人共すぐに部屋から出ていった。
それから三人を見送って終了。
だったはず、なんだけど――。
何故か、ジェイルたち四人に詰め寄られてしまった。




