10.勝負の先にあるもの
メロとユウリが別部屋に雀卓、牌や点棒などを準備する。
あたしたちは応接室から移動して、二人が準備してくれるのを眺めていた。
「心配しなくても不正なんてしないから安心して頂戴。――アリス、何か飲み物と軽く摘めるものを」
「はい、かしこまりました」
ザイン、ディディエ、カミルの三人はメロとユウリが準備する様子をじーっと見つめている。
先に部屋を案内して、準備風景を見せたのは正解だったかもしれない。そこはかとなくイカサマを疑われている気がしたのよ。
――正直、あたしが麻雀に強いのはイカサマみたいなものだけどね。
準備が整うと、卓に寄って席決めをした。
あたしの左隣にザイン、正面にディディエ、右隣にカミルとなった。
そして牌を混ぜる――。牌がぶつかりあい、ジャラジャラと特有の音を出す。
親決めの結果、あたしが親になった。
牌を取って手元に並べる。そして最後にドラを表示させた。
ドラ表示牌が姿を見せた瞬間、牌が並ぶ山の中にどこか懐かしい気配を感じた。
あたしにはドラがどこにあるか”わかる”。裏ドラすらも。――そして、それらが自分のものになると”知っている”。
開幕は静かだった。軽口を叩き合いながら淡々と進んでいく。
七巡目。
「じゃあ、リーチ」
宣言しながら点棒を転がす。
見る限り、まだ誰も聴牌はしてないみたいだし、このままこの局は貰っちゃおうかしら。
たん、たん、たん。とあたしのリーチを警戒しながら全員が安牌を切っていく。まぁ一発は喰らいたくないでしょうね。
さて、あたしの番――。
リーチ一発と行きたいところだけど、どうかしら。
「……チッ」
流石に一発とはいかなかったわ。思わず舌打ちしちゃった。
まぁ、全部が全部思い通りにはならないのよ。――『龍を操る能力』も今ではただの残滓となり、『麻雀が強い』くらいの能力になってしまったのだから。
あたしはハズレ牌を切りながら、遠い神話の時代の話を思い出す。
王を守る九人の戦士がいた。
そのうちの一人は龍を操り、また一人は大きな蜘蛛を操り、また一人は狼を操る。彼らはそれぞれ特殊な能力を持っていた。
彼らは破滅から国を守り、王から栄誉と国を守る名誉を与えられたのだった。
それがこの国と、『会』の成り立ち。
今では誰も信じないような話だけど、その血の残滓がこの体に流れている。
物思いに耽っていたせいで仏頂面になっていたのか、ザインがふっと笑う。
「行儀が悪いぜ? 後継者候補さんよぉ」
「うるさいわね。あんたこそ安牌ばっか切ってんじゃないわよ。勝負したらどう?」
「勝負できる手じゃないんで」
しれっと言い放ち、引き続き安牌を切った。
張り合いがないと思っていると、ディディエとカミルも河を見ながら牌を切る。残念ながら当たり牌じゃなかった。
が、次の牌を捲った瞬間に、あたしはほくそ笑んだ。
手元に置き、手牌をオープンにした。
「ツモ。リーチ、チートイ、ドラドラ。――ウラ乗って、六千オールよ」
「ふふん」と笑って見せると、全員がすごく嫌そうな顔をした。
まぁ開幕親の跳満は嫌よね。気持ちはよくわかるわ。
三人から点棒を回収し、あたしが親のまま二連荘。
が、次は意外にもディディエが安手で流してしまった。やばい、警戒されたっぽいわ。
「ロン! 五千八百」
「――ツモ。千、二千」
ザインとディディエが順に和了る。
そろそろ三人とも「ドラが全く来ない」と思っても良さそうなんだけど、流石に顔には出さないわね。
「ツモ。トイトイのみ。ドラ三。二千、四千」
再度あたしが和了る。三人の視線があたしの手牌に集中した。
手役は大したことないけど、”今は”とにかくドラが集まるので強い。リーチをすれば確実に裏ドラも乗る。
カミルがあたしを不思議そうに見つめた。
――うーん。このままドラを集める形で良いかしら。
『龍を操る能力』の残滓で、とにかくドラがあたしの都合の良いように動く。だから、相手が「ロゼリアに対してドラはヤバい」と思った頃に、相手の手牌にドラが行って切りづらい流れにもできる。
ただ、カミルに気付かせるならドラを集める方向がわかりやすい。
あとは裏ドラの存在もね。
「リーチよ」
遅い順目だったけど、カミルをちらりと見てからリーチをかける。
ザインが嫌そうにしながら手を崩して安牌を切った。ディディエも同様。カミルはあたしの手牌と自分の手牌を見比べて、ため息をつく。諦めたように当たらなさそうな牌を切る。
けど、残念ね。
「ロン」
あたしの宣言に対し、カミルの手がびくっと震えた。
そして、肩を落として「はい」と頷く。
「リーチのみ。ドラ一……ウラは、あら乗っちゃったわ。ドラ三よ」
にこり。と笑ってカミルを見る。
カミルが目を見開き、息を呑んだ。
「そんな馬鹿な」と言いたげな表情と雰囲気。
――気付いたみたいね。
伯父様の麻雀強さを知っていれば、何故強いのかも知っているはず。つまり、和了る時に必ずドラがあって、リーチをかければ確実に裏ドラが乗る、という話を。
それを『九龍会』と結びつけるかどうかは人による。けれど、カミルなら点と点を繋げるはずよ。
「……ロゼリアさんは強運ですね」
「あら? どうしてそう思うの?」
「さっきからリーチをすると裏ドラが乗るじゃないですか」
試すような口ぶりだった。
あたしは次の局の準備をしながら、口元に小さく笑みを浮かべる。
「あなた、本当にそれが運だと思ってるの?」
「――え?」
「裏ドラが乗るのが強運じゃなかったら何なんだよ」
「全くだ。オカルトの類は勘弁して欲しい」
今度はあたしが試すような言葉を返す番だったけど、ザインとディディエに軽口で流されてしまった。
とは言え、流石にカミルは気付いたでしょう。
じゃあ、もう良いわ。――勝って終わらせましょう。
「――さて、と。悪いけど、この局で終わらせてもらうわ。誰がハコになっても恨まないでね」
あたしだけ点数がプラスで、他三人は凹んでいる。
倍満一発ロンで誰かをハコにして終われる。
赤ドラありだからドラだけでも十分高い手を作れるけど、かっこよく終わりたいわよね。
全員真剣だったから会話もなく、淡々と進んでいく。
「さて、リーチよ」
十巡目。最初と同じようにザインとディディエが嫌そうな顔をする。カミルは表情を動かさなかった。
ザインとディディエが回し打ちをしようとする中、カミルだけは危険牌ど真ん中を切る。
勝負をしたという感じではない。
むしろ、「これで和了りですよね?」と言いたげにあたしに視線を送ってきた。
ちょっと、いやかなり驚いたけど、見過ごす理由もない。
「――ロン。リーチ一発、タンヤオ三色イーペーコー……ドラ四。二万四千」
狙い通りの倍満。カミルの点数がマイナスになって終局。
カミルは困ったように笑いながら「残念です」と呟いた。彼の表情はやけにスッキリしていて、勝負に負けたことの悔しさを微塵も感じさせなかった。
――六堂カミル。
『ブラック・ロマンス』の黒幕候補。
遠い神話の時代にあったとされる特殊能力――六堂家で唯一『狼を操る能力』を持っている存在。
故に、彼は選民思想に染まっていった。無能な姉兄ではなく、選ばれた存在である自分が継ぐべきだと。
彼は既に自分の能力を自覚している。
『ブラック・ロマンス』の中で自分の能力について語るシーンがあった。
「小さい頃から犬にやたら懐かれて、“おいで”と言えば尻尾を振って寄ってくる。凶暴な犬ですら、命令を待つように座り込む」――そう言って笑っていた。
そして動物園の狼が檻越しに頭を垂れた時に、自分の能力を確信した。
十五歳の頃に神話の時代の文献を読んだ時に彼の中で全てが繋がったのだ。
この麻雀勝負は、彼にあたしの能力を知らせるためでもあった。
――あなただけが特別じゃない、というあたしからの隠れたメッセージを届けるため。
カミルは笑っている。どこか機嫌良さそうに。
どうしてそんなに機嫌が良さそうなのかはわからない。
けれど――。
ここからよ。
これから、あんたを暴かせてもらうわ、カミル。




