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夜鴉の求愛  作者: 神代きい


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6/10

ディーとピアノ

 翌日の午後。予定通りなら執務を切り上げたディーがやって来る時間だ。

 今日は朝からディーを一度も見ていない……。何だか気まずい。どんな顔をすればいいのだろう?

 そんな風にキラが緊張していると……、いつもと変わらない様子でやって来たディーが、キラに会えた喜びを表すようにサッと両手を広げた。

「さぁ、俺の可愛いキラ。やろうか」

「何を?!」

「? チカラを起こすための事前準備だ。昨日そう言っただろう?」

「…………」

 ディーは両手を広げたまま心底不思議そうに首を傾げている……が、勝手に赤面しているキラを見て悪戯っぽくフフッと笑って両手を下げた。

「なんだ? 他のことを期待していたのか? キラがその気なら全力でご期待にお答えしないとな」

「ご期待してないっ!」

 再び両手を広げて近寄ってきたディーに、キラはますます顔を赤くしながら慌てて頭を振った。

 対してディーは細めた目でキラを愛おしそうに見つめながら笑っている。

「まったく、俺のキラは恥ずかしがり屋で素直じゃないなぁ。そんなことを言いながら、俺のことが気になっているんだろう?」

「調子に乗らないでよっ。理性くん、返事して!」

「理性ならキラがどこまで俺の発言を許容してくれるのか、判断に困っているぞ」

「理性くーんっ!」

 思わず両手で顔を覆うキラの頭をディーがよしよしと撫でている。

「ほら、じゃれ合いはひとまずここまでだ。ここからは真面目にやるぞ」

 それまで始終楽しげにクックッと笑っていたディーだったが、小さく首を振って気を取り直した。スッと目を細めて、キラにソファへ座るように促す。

 キラの向かいに座ったディーは、両手の指を合わせてキラをじっと見ている。……先ほどとは違って深紅の瞳が真剣だ。

 その様子を見たキラは火照った顔をパタパタと手で扇ぐと、深呼吸を繰り返して気を取り直した。

「……キラ。これからいくつかお前にとって嫌なことを訊くが、必要なことだと思って欲しい」

「嫌なこと……?」

「天界での生活についてだ」

「っ!」

 ディーにそう言われて、キラは自然と緊張して背筋が伸びた。部屋の雰囲気が一気に変わる。

 思わず表情が強張ったキラを見て、ディーは辛さを堪えるように眉間に皺を寄せた。

「すまないが、詳しく答えて欲しい」

「……わかった」

 ディーの目があまりにも真摯で、キラはゆっくりと頷いた。

 うん。ディーなら信用できる。……もちろん他意はないけれど。

 ディーは少し目を伏せて言葉を選んでいたようだが、首を振りながらため息をついて口を開いた。

「とりつくのはやめよう。お前、迫害されていたのか?」

「……。遠慮ないね」

「その方が良いと判断した」

 ディーは真剣な表情でキラの目をまっすぐと捉えている。

 こんな状況だというのに、キラはその深紅の瞳が綺麗だと思った。

「……そうだよ。迫害されていた」

 キラは告げて自嘲する。

「ほら、私の翼って白じゃなくて汚い灰色でしょ? 天使の中にはたまに灰色の翼を持つ者が生まれるんだけれど、灰色の天使は邪険にされるんだよね。仲間外れにされたりとか、悪意の言葉を投げつけられたりとか……。私は大天使だし、しかも黒髪だから、尚更でさ」

 ディーはただじっとキラの話を聞いてくれている。おかげでキラも静かに気持ちで話ができた。

「……私って孤児だったんだ。産まれてすぐに捨てられて、孤児院で育ったの。孤児院にいる大天使なんて珍しい上に灰色で黒髪だから、孤児院の中でも浮いた存在だったんだけれどね。本当なら大天使って憧れの存在なのにね。どこにいても、何をしても除け者だった」

「それで……、飛ぶこともマトモにしなかったのか?」

「うん、そうだね。翼を人目に晒したくなかったから」

 ディーの問いにキラは頷く。

「孤児院の院長がね、教えてくれたんだ。『境界の地には種族の垣根なく暮らせる街があるらしい。そこでならキラものびのびと生きられるかもしれない』って。それで《擬態》の魔法道具(マジックアイテム)を貰って、それで来たんだよね。境界の扉を抜ける時に、ほとんど生まれて初めて飛んだんだよ。初めてなのにわりと飛べるものなんだねっ。ま、ほとんど落下だったかもしれないけれど!」

 キラはわざと明るく言ったつもりだったのだが……、ディーの顔色は悪く、その表情は沈んでいた。

 ……何だか居心地が悪くて、つい俯いてしまう。

「他の大天使との交流もなかったのか?」

 ディーの問い掛けは冷静だ。キラは俯いたまま頷く。

「普通の天使ですら私を邪険にしていたんだから、大天使なんてありえないよ。ものすんごく毛嫌いされていたからね。色が灰色だってだけなのにね」

「俺からしたら、単に白いだけの翼の方が見苦しいがな」

「何それ、フォロー?」

「本心だ」

 顔を上げると、ディーはまっすぐとこちらを見ていた。キラに対して差別のない、まっすぐな眼差し。

 それが少し嬉しくて、キラはふふっと小さく笑った。

「それならキラは、大天使のチカラについて何も知らないのか?」

「大天使のチカラって……」

 キラは軽く考えて、あぁ、と呟く。

「もしかして《歌》のこと?」

「知っていたか」

 キラは小さく頷いた。

「他の大天使が歌っている実際の場面なんて見たことないけれどね」

 天界で暮らしていた頃はいつも何処かから大天使の歌声が聞こえていた。大天使の《歌》は聞く者の心を癒す神秘のチカラだ。大天使の《歌》のおかげで天界は平和だと言えるだろう。

 そう告げるとディーは少し顔をしかめた。

「今時の大天使の《歌》はそんな程度のチカラしかないのか……」

「え? どういうこと?」

 ディーの呟きに思わず首を傾げる。

 天界の平和を維持する《歌》をその程度呼ばわりするディーが不思議だし、その言い方では他のチカラがあるとでも言いたげだ。

 キラの疑問にディーは苦笑する。

「キラはこの城を探索したか?」

「え? えっと……、あんまり」

 意図的に話題をそらされた気もしたが、キラはディーの問いに答えた。

 キラはまったくと言っていいほどこの部屋から出ていない。ディーは「城内を自由にうろついていい」と言っていたが、何となく気が引けてしまって出歩くことができていないのだ。

 そう告げるとディーは微妙な顔をした。

「適当にぶらついてくれて本当に構わないんだけれどな。改めてレンにも言っておこう」

「いいよ、別に」

「俺が気になる。キラには俺を知ってもらいたいからな。俺の城主っぷりとか」

「さっきから話がずれていない?」

「ずれていない」

 あっさりと断言されてキラは目をパチパチとさせた。

 ディーは苦笑しながら口を開く。

「俺の趣味は音楽なんだよ。ピアノとかヴァイオリンとかな。俺に影響されて楽器をたしなむ連中は多い。暇な奴がよく何かしら演奏しているから、ウチの城は賑やかな方だ」

 予想外の言葉にキラはますます目を大きく見開いた。

「えっ? ディーってピアノとか弾くんだ」

「弾くぞ? 独学だがな」

「音楽が趣味だから《歌》にも興味があるの? ……私が歌えなくて残念だったね」

 ディーが自分に惹かれたのは大天使の《歌》が目的だったのかもしれない……。そう思うと少し気が落ち込んで、胸がチリッと痛くなった。

 だが、ディーはそんなキラの目をまっすぐと見つめて口を開いた。

「俺はキラの《歌》が目的だったわけじゃない。そこは勘違いしないでくれ。俺はお前だから惚れたんだ。キラだからこそ愛している。俺はこれからの人生をお前と一緒に生きたいんだ。キラ、愛している。心の底から愛しているよ」

 あまりにもまっすぐて真剣な声音と眼差し。キラは少し嬉しくなって僅かに口元を綻ばせる。

「……まったく、隙あらば求愛してくるんだから」

「口説き中だからな」

 ディーはフフッと笑った。

 その眼差しに少しドキッとしてしまって、キラは慌てて話題を戻そうとする。

「そ、それで?」

「大天使の《歌》はそんなチャチなものじゃない。もっと奇跡を起こすものだ」

 奇跡……。魔族から出る言葉とは思えない。

 キラがじっとディーを見ていると、彼は気まずそうに視線を泳がした。

「とにかく、本来の《歌》のチカラはそんなものじゃないってことだ。それよりも、今はキラのチカラについて話をしているわけだが」

「……えっ? もしかして私に《歌》を歌わせようとしているの?」

 キラは思わず笑ってしまった。

「ただ歌えばいいってものじゃないんだけれど」

 大天使の《歌》は普通の歌とは違う。大天使が持つチカラを歌声に乗せて解放するのだ。

「チカラ由来なんだから、それは承知している」

「えー? どうしろって言うの?」

「とりあえず、歌おうとしてみればいい」

「矛盾していない?」

「していない」

 ディーはあくまでも本気で話をしているようだ。

「キラだって初めて飛んだときに本能で飛べただろう? 《歌》も同じだ。歌いたいという気持ちになれば、本能が応えようとする」

「そんな無茶な……。そもそも私は《歌》に触れたことすらないもん」

「そこでウチの城が役に立つ」

 キラが怪訝な顔をすると、ディーはフッと表情を緩ませた。

「城内をぶらついていれば音楽が耳に入ってくるからな。聞いていればお前の《歌》の本能も刺激されてくるはずだ」

「えー……?」

 疑いの目を向けるキラにディーはニヤッと笑って見せた。

「ま、ダメ元だと思ってやってみればいいさ。減るもんじゃないだろう?」

「それは、そうだけれど……」

「さっき俺がピアノを弾けるかを気にしていただろう? 気にするってことは、少なからず音楽に興味があるってことだと俺は思うがな」

「それは……、ディーの趣味が予想外だったからだよ」

「なんだよ。俺がただの酒好きだとでも思っていたのか?」

 ディーは楽しそうにケラケラと笑っている。

 キラはそんなディーを眺めて、うーん……、と考えてみた。

 ……ディーとピアノ……。

 一瞬似合わないと思ったが……、この姿のディーがピアノを弾く光景は見栄えがありそうだとも思う。

「じゃあ……、試しに何か弾いてよ」

「いいぞ」

 無茶ぶりをしてみると、彼は予想外にあっさりと引き受けた。

 キラが呆気にとられている間に、ソファから立ち上がったディーが手を差し伸べてくる。

「じゃ、行くか」

「えっ? 今から?」

「この時間なら大サロンのピアノが空いているだろう」

 さぁ、と促されたキラは流されるままにその手を取った。

 そうしてキラは初めてフリューゲル城の中を歩くこととなった。初めての散策が城主である夜鴉公(よがらすこう)と一緒とは、なんと贅沢な状況なのだろう。

 フリューゲル城の城内はキラが抱いていた魔界のイメージからかけ離れていた。華美過ぎることのない上品さ。窓からの採光で明るく、歩いていて気持ちがいい。

 廊下を歩いていると時々ディーの配下である魔族達とすれ違った。ディーを見た彼らは道を開けると居住いを正して頭を垂れている。対してディーは自然体で歩いていく。さすが城主、夜鴉公(よがらすこう)だ。

「……あー、誰かいるなぁ」

 廊下の向こうから微かにピアノの音がして、ディーが小さく苦笑した。

 ディーが開けた扉の向こうは、大きな窓から光が差す広いサロンになっていた。談話スペースがあり、その向こうにピアノが置いてある。

 ディーがサロンに入ったところでピアノの演奏がちょうど途切れた。もしかしたら事前にディーの存在に気付いていたのかもしれない。

 サロンの中には三人の人物がいた。狐と兎の獣人、そして皮膜の翼を持つ魔族だ。全員ディーに気付くと姿勢を正して頭を下げて……、自然とその隣に立つキラに目が向けられる。

 集まる視線に狼狽えたキラは、思わずディーの後ろに隠れてしまった。そんなキラにディーは苦笑する。

「俺の側近共だ。キラが畏縮する必要はない。むしろお前らこそが畏縮し平伏しろ」

「主様、我々を苛めないでください」

「やっとお会いできましたね、お嬢様」

「うわぁ可愛い――閣下、殺気を飛ばしながら睨まないでください。私はか弱いので死んでしまいます」

 主の横柄な言い草に側近達は苦笑して、それぞれ挨拶をしてくれた。彼らはディーを前にしていても過度な緊張をする様子もなく笑っているし、そんな彼らにディーも親しげだ。確かな信頼関係が窺える。

「ダンテ、どけ」

 ディーはピアノから立ち上がっていた狐獣人の側近をしっしっと追い払い、ピアノの椅子に座った。

 そんな主に側近達が嬉しそうな反応をしている。主のピアノが好きなようだ。

「キラ、リクエストをどうぞ」

「えっ? 曲なんて知らないし……」

 ディーから気軽に訊ねられたが、キラには音楽の知識などない。

「雰囲気だけでもいい。明るい奴とか、落ち着いている奴とか」

「えー……? わかんない。じゃあ、ディーが得意なの」

「それは困るなぁ。おいお前ら、何か言え」

 主から話を振られた側近達は顔を見合わせると「そりゃあもちろん『有翼の王』ですよ」と笑った。

「まったくお前らは……」

 ディーはやれやれとため息をついて、軽く手をぶらぶらとさせてから鍵盤に手を置く。

 そうして奏でられた曲は――……、本当に見事としか言いようがなかった。

 始めはゆったりとした優しい旋律で、次第に激しく苛烈な曲調となって、再び穏やかなものへと変わっていく。

 まるでひとつの物語に没入するような素晴らしい体験――……!

「――――っ!」

 やがて曲は終わりディーが鍵盤から手を離すと、側近達から拍手が巻き起こった。

 その拍手で我に返ったキラを見てディーは笑う。

「どうだった?」

「……す、すごかった……」

 低下した語彙力に我ながら呆れていると、目の前に戻ってきたディーが再び嬉しそうに笑った。

「そう言ってくれるのは嬉しいな。ちゃんと俺に見惚れてくれたか?」

「っ、それとこれとは話が別!」

「否定はしないんだな? キラは照れ屋で本当に可愛いなぁ」

「からかうのもいい加減にしてっ」

「あはははっ!」

 腹いせにディーの腕をバシバシと叩くと、ディーはそれすら嬉しそうに声を出して笑った。

 キラとディーが談話スペースのソファに移動すると、側近達はピアノの周囲に移って各々楽しみながらピアノを弾き始めた。耳が楽しい。

 そんなキラの様子にディーは少しほっとしたようだった。

「少しは音楽に興味を持ってくれたのなら良い傾向だ」

「そういうものなの……?」

「そういうもんだ。ダメな奴は何をしても興味を持たないし、心も動かない。お前の心が少しでも動いたなら、それは砂粒程度でもお前の《歌》の本能が動いた証だろう」

「砂粒……」

 ずいぶんと気の長い話だ。何年もかかってしまいそう……。

 そんなキラの思いに気付いたのか、深くソファに身を沈めたディーがクスッと笑った。

「ま、長い付き合いになるんだ。気長にいこうじゃないか」

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