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夜鴉の求愛  作者: きい
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初めての求愛

 廃墟の最下層にある行き止まりの部屋。瓦礫だらけの部屋の隅で、どうにか身を隠そうと懸命に体を縮ませているのは、灰色の翼を持つ少年――キラがいた。

 先ほど上階から飛び降りた際に挫いた左足首が腫れている。早まる鼓動と同期してジンジンと痛む。

 だが……、それ以上に痛いのは背中。関節のあらぬ方向にと折れた灰色の翼だ。

 呼吸を震わせながら翼の具現化を解くと、少しだけ痛みがマシになった。

「どうしよう……どうしよう……」

 無意識に混乱の小声が漏れる。



 キラがこうなったことの経緯の始まりは、今日の午前に遡る。

 今日はカフェバーが定休日だったため、エグシスの街をのんびりと観光していたのだ。そこに偶然出会ったのが、見るからに道に迷った風の気弱そうな少年だった。 

「す、すみません……。こ、この街には初めて来たんです。で、でも。か、帰り道がわからなくて……」

「帰り道が? 住んでいるのはどこなんだい?」

「あ、あの、バドの町です」

 バドの町と聞いてキラは一瞬戸惑う。

 行ったことはないが、バドはエグシスから少し離れた位置にある町だ。しかもならず者が多く住む地区もあると聞いたことがある。

 そんな場所にこんな気弱そうな少年が一人で帰るだなんて……、道中が心配でしかない。

「わかったよ。案内するね」

 キラの言葉に少年はパッと顔を明るくした。

「あ、ありがとうございますっ!」

 そうしてキラは少年と共にエグシスを出て、バドに向かって――……。

 だが。バドに入った瞬間、それまで気弱だった少年が態度を変えて飛び掛かってきた!

「えっ?!」

 驚いたキラは何とか少年を突き放したが、そうしている間にも路地からは如何にも強盗団といった風体の男達がわらわらと集まってきた。

「おいあんちゃん、悪いこたぁ言わねぇ。おとなしくそのペンダントを置いていきな」

「!」

 キラは反射的に服を掴む。正確にはこの服の中で隠し持っていたペンダントを。

 そんなキラの動作に男達は下卑た顔でにじり寄って――。

「待ちやがれっ!」

 キラが咄嗟に()を具現化して包囲を強行突破できたのは奇跡だった。

 が、強盗団も悪知恵が働く奴がいたようだ。

「おい、警備隊を呼べ! ()()()()()使()()()() 俺達のお宝を盗んだ天使だッ!」

 そうしてキラは、強盗団からも警備隊からも追われる身となった。

 両者はキラに攻撃をすることに躊躇いがなく、着実にこの廃墟までおびき寄せて、廃墟の上空からキラを魔法で撃ち落とした。

 撃ち落とされたキラは負傷した身で、廃墟の下へ下へと逃げてきたのだった。

 

 

 上の方から追っ手――残酷な行動で有名なバドの強盗団と警備隊が迫ってくる気配がする。

 ここから下には行けない。抜け道も見つからない。唯一できたかもしれない上からの強行突破も、折れた翼では絶対にできない。

「どうしよう……」

「――大変そうだな、キラ」

 ふいに聞こえた聞き覚えのある声にガバッと顔を上げる。

 そこにいたのは部屋の入り口にもたれ掛かっている黒髪の青年。彼は軽く息を切らしながら口元を歪ませてこちらを見ていた。

「えっ? ディー? な、なんで……?」

 キラが呆然としていると、息を整えたディーがフッと鼻で笑って部屋の中に入ってくる。

「『なんで?』だと? それはこっちの台詞だ。お前こそなんでバドにいるんだ? おかしいよなぁ? なんでエグシスから離れたこんな場所にいるんだ?」

「それは……」

 返答に困っていると、部屋の真ん中で立ち止まったディーが微塵も笑っていない目でキラをジロリと見定めた。

「何度も言ったよな? エグシスを絶対に出るな。知らない奴にはついて行くな。知っている奴でも警戒心を持て。金目の物を見られるな。そう何度も言ったよな?」

「……」

「なんでこんなことになっているんだ? まさかとは思うが、困っている奴を助けようとノコノコと付いてバドに行ったらトラブルに巻き込まれて警備隊から逃げ回っていた、なーんて馬鹿は言わないだろうな?」

 ……全部バレている……。

 黙り込んで俯いていると、ディーは頭をガシガシと豪快に搔き乱しながら盛大なため息をついた。

「お前な、馬鹿か? あぁそうだな。お人好しも通り越すとただの馬鹿だな。俺の忠告を無視して、馬鹿なお人好しを発動して、挙げ句の果てにこの様か」

 ディーは捲し立てるようにと言葉を紡いでいる。その様子から彼の苛立ちが伝わってくるようだ。

「ディー……」

「バドの治安の悪さはエグシスで聞いたことがあったんじゃないか? バドの連中はとにかく柄が悪い。強盗するだけに飽き足らず『元々それは自分達の所有物で、奪い返そうとしただけだ』などと戯れ言と賄賂を使って警備隊を動かす。濡れ衣だろうが何だろうが警備隊には関係ない。拷問やら何やらで強引に自供を引き出す。そうなったら後は犯罪奴隷落ちか、玩具にされるか、惨たらしく処刑されるかのどれかだろうな。連中に捕まったら、お前はもう終わりだな」

「……っ」

 あぁでも……、とディーはキラを一瞥する。

「そもそも、お前自体が拷問に耐え切れるとは思えないがな。拷問の途中で《擬態》が解けて、お前が()だってバレたら、愉しいことになるんじゃないか?

 なあ? ()()()()()使()()()()()()()

「?!」

 反射的に髪と胸元のペンダントを掴んで確認する。

 栗毛だ。《擬態》は解けていない。魔法道具(マジックアイテム)であるペンダントも壊れていないし正常に作動している。翼の具現化も解けたままだ。

 慌てふためくキラの前まで来たディーは、嘲笑するかのようにしゃがんでキラと視線を合わせた。

 指先でペンダントをツンツンとつついてくる。

「お前が女だってことも、大天使だってことも、俺は最初からわかっていた。まぁまぁな出来の魔法道具(マジックアイテム)だからな、性別も外見も翼の気配も隠せていたさ。普通の奴なら見抜けないだろうが、俺くらいになればバレバレだ。大天使の気配も隠しきれていない」

「っ!」

 ディーに指先で軽くペンダントを弾かれた途端、キラの《擬態》が解けた。

 肩甲骨までの黒髪。茶色の瞳。少女らしい骨格。片手で包める程度の胸が少年用の服の中で窮屈そうにしている。

 ディーに顔を覗き込まれてつい赤面してしまうが、ディーはそんな反応すら楽しんでいるようだ。

「俺には最初からずっとお前の姿はそう見えていたさ。面白かったよ。天界から逃げてきた大天使の小娘が《擬態》して一生懸命にガキの真似をしているんだから」

「……ひっ、ひどいよ……!」

「黙ってやっていたんだ、酷いも何もないだろう。俺だってちゃんとお前の《擬態》に付き合ってやっていただろう?」

「…………」

 言葉が出ない。

 ディーをキッと睨み付けるも、ディーは楽しげに笑うだけだった。

「どのみちお前にはもう逃げ場はないからな。連中はもうじきここに来る。折れた翼に挫いた足じゃあアッサリ捕まるだろうな。お前が女だとわかったら連中は盛り上がるだろうな。この場で輪姦(まわ)されても文句は言えないな」

「……っ」

 思わず浮かんだ涙をどうにか耐えてディーを睨み続ける。

 そんなキラの健気な様子に、ディーはクスッと小さく笑う。

「可愛い奴。俺が誰かも知らないくせに」

「えっ……」

 ディーは絶句するキラの前から立ち上がると、後ろ足で数歩後退した。

 パチンッと指が鳴らされ、ディーの姿と気配が一瞬で変わる。

 鴉羽色の長髪。深紅の瞳。身長は少し伸び、引き締まった筋肉を思わせるスラリとした男らしい体格。刺繍入りの白いシャツの上に、金の刺繍入りの黒い外套を羽織っている。纏う気配から感じる支配者然とした存在感――。

「俺はディオルト・ノクス・フリューゲル。魔界のフリューゲルを支配領域としている()()だ」

 フリューゲル、という地名には聞き覚えがあった。魔界にある広大な領域で、絶大なチカラを持つ上位魔族の公爵が治めているという。

 その上位魔族の異名は――。

「……夜鴉公(よがらすこう)……?」

 キラが茫然と呟くと、ディーはヒョイと肩を竦めることでその言葉を肯定した。

「エグシスには気晴らしに出掛けていた。あそこはいい所だ。正体をきちんと隠してさえいれば楽しく過ごせる」

「……私を騙していたの……?」

 裏切られたような心境で無意識にポツリと呟くと、彼は呆れ果てたように大きなため息をついた。

「お互い様だろう? 俺は正体を、お前は性別と種族を欺いていた。ま、お前の場合は俺には無意味だったが」

「……」

「これでも気に掛けてやっていたんだ。天界を飛び出してきた危機感のない小娘が初めての自由に浮かれて馬鹿な目に遭わないようにな。なのに、この様だ」

 そこでディーは口を閉ざした。

 チラリと天井を見上げている。

「おー、やっと残りあと二階上まで来たな。バドのくせになかなか慎重にクリアリングしている。連中はただの宝飾品としか見ていないんだろうが、よほど()()が気になるらしい。どこで手に入れた?」

 ディーに問われ、キラは落ちつきなく胸元のペンダントを握る。

「……天界を出る前にお世話になっていた孤児院の先生がくれたの。『役に立つはずだから』って」

「役には立っていたが、変な奴に見られたのが悪かったな。ちゃんと隠しておかないからこうなる」

「隠してたよ! ディーだって見たことないでしょ?!」

「なら、なんでバレている? どこかで見られたからだろうが。うっかり表に出したままだったとか、物を取ろうと頭を下げたときに服から飛び出したとか」

「そ、そんなのわかんないよ……!」

 ほらな、と呆れたため息。

「『金目の物を見られるな』って言っていただろうが。警戒心がなさすぎる。自分から『盗ってください、襲ってください』と言っているようなもんだぞ」

「……っ」

 再び浮かんできた涙を目に溜め、唇をキュッと噛み締める。

 ディーはフルフルと震えているキラの前に屈むと、しげしげと顔を覗き込んだ。

「なぁ……、キラ。助けてやる」

「……」

 意を決したようなその声音に、キラはおそるおそるとディーを見る。

 彼は紅色の瞳を真摯にスッ……と細めた。

「――キラ、俺の番になれ。俺と一緒に生きよう。どんな悪意からも脅威からも俺がお前を守ってやる。これでも公爵だ、お前にはいい暮らしをさせてやれる。欲しいものは何でもくれてやる。やりたいことは何でも叶えてやる。我が儘だっていくらでも聞いてやる。愛ならいくらでも囁ける。お前のことは大切にするし、お前が本心から嫌がることは絶対にしないと誓う。

 あぁそうだ、お前はチカラの使い方が苦手だろう? 俺がチカラの使い方を一から教えてやる。世界の見え方が一変するぞ?

 ただし、俺の番になるからには大天使のままではいられない。何度も体を繋いで、何度もお前に精を注いで、お前を魔族側にしないとな」

「な、何の話をしてるの?!」

 突然の告白に狼狽えていたキラだったが……、最後の言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けて頭が真っ白になった。自分にはあまりにも刺激が強すぎる。

 ディーはただただまっすぐとキラの目を見つめていた。

「何って、お前に求愛をしている。俺にロマンチックなプロポーズを求めるのは無理だ。それならちゃんと利点と欠点を伝える方が誠実だろう?」

「な、なんで私なの?! 魔族にはもっと綺麗な女の人だってたくさんいるんでしょ?!」

「お前がいい」

 力強い目で断言され、言葉が詰まる。

「何度も言うが、俺は最初からお前が女だとわかっていた。お前のその姿をずっと見てきた。その上でお前と関わってきた。

 本当なら最初に会った時にすぐにお前を連れ去りたい気持ちだった。だが初めて得た自由を楽しんでいるお前を見ていると、自由を奪う真似はとてもできなかった。だから無理矢理にでも時間を作ってエグシスに通って見守っていた。お前のことが好きで、心配だったから。

 ――でももう無理だ。我慢ならない。見ていられない。こんなことでこんな目に遭っているようなお前を、もうエグシスに戻すことはできない。お前は連れて帰る。俺の手元に置く。

 キラ、お前のすべてが欲しい。欲しくて欲しくて堪らない。お前と一緒に生きていきたい。お前でないとダメなんだ」

「っ!」

 決して揺らがない力強い目に貫かれて体が焼け溶けてしまいそうだ。他人からこんなにまっすぐ言葉と感情を向けられたのは初めてだ。ましてや、愛の言葉なんて……。

 慣れない気持ちに狼狽えて黙っていると、ディーは一瞬だけ視線を天井にずらした。

「ああ、すぐ上の階まで来たな……。返事は後でも構わない。いくらでも待つし、その間にお前を口説くからな。

 だが、とにかくお前は連れて帰るぞ。体を休ませて挫いた足も治さないといけないし、何よりもその翼を治さないと辛いだろう? 俺なら翼の知識と治療の経験がある。大丈夫だ、ちゃんと治療してやれる」

「……」

「いい子だから頷いてくれ。お前を無理矢理に連れ帰りたくない。ここまで連中が来たら、俺は連中を皆殺しにする。お前を害する存在はすべて俺が排除する。大天使だからと無駄な殺生を嫌う気持ちがあるのなら頷いてくれ」

 彼は本気なのだろう。しかも間違いなく実力を伴っている。

 早まる鼓動で胸が痛い。視線が熱い。

「…………」

 キラは……、うん、と頷く。

 ディーが大きく安堵の息を吐き出した。

「よし。ここから出るぞ」

 ディーは自身が着ていた高価そうな外套を素早く脱ぎ、それをキラの体に巻き付けた。ディーの匂いと温もりに包まれる。

 ディーは身を屈めると……、外套越しにキラをギュッと愛おしそうに抱き締め、顔を埋めた。キラにもディーの早い鼓動が伝わってくる。

「……キラ……」

 今にも泣き出しそうな切実な声。

 ますますギュッと抱き寄せ、ディーは更に続けた。

「…………助けにくるのが遅くなってすまなかった。もっと早く気付けてやればよかった……」

 消え去りそうな声音で言い、数秒そのまま抱き締めて――……。

 気を取り直したディーはサッとキラを姫抱きで抱き上げた。

 初めての経験に体がすくむ。反射的にディーの首に手を回してしがみつくと、ディーはキラのこめかみに軽く口付けを落とした。

「行こう。――《転移陣》」

 短い呪文のような言葉と共に、ディーの目前の地面にうっすらと輝く魔法陣が現れた。魔法陣の中は白い光にも深い闇にも感じる不思議な空間だ。

 軽くキラを抱え直したディーが歩みを進める。

「……少し距離があるし、初めての《転移》だからな。たぶん気絶するが、気にしなくていい」

 耳元で聞こえる囁くような忠告の言葉。

 ディーが魔法陣に足を踏み入れると、キラの脳はグラリと激しく揺れた。一瞬で意識が遠退いてしまう。

 最後に感じたのは、自分を力強く抱きしめるディーの温かい腕の感触だった。

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