羽根のように軽く
キラと恋人になってからのディーは以前にも増して午前のうちに執務の大半を片付け、午後は可能な限りキラと一緒に過ごすようになった。
キラと一緒にお茶を飲みつつ雑談をして、ピアノやヴァイオリンを聞かせて、隙あらば求愛の口付けをしては愛を囁く。夜はキラにカクテルを作って、就寝時間まで一緒にのんびりと過ごす。そんな穏やかな日々だ。
一方でキラはディーが執務をしている間、レンから作法を学んだり、趣味であるビーズ刺繍を楽しんでいる。
ビーズの刺繍やアクセサリー作りはキラの数少ない趣味の一つ。天界からエグシスに来た時もこの趣味で生計を立てられないものかと考えた。
そうして少ない元手を握り締めながらマーケットでビーズ道具などを探したのだが、そこでカツアゲに遭いかけてディーに助けられたのだ。
「なぁキラ、膝枕してくれないか? 執務で頭を使って疲れたから少し寝たいんだ」
恋人になる前と比べて、ディーはキラによく甘えておねだりをするようになった。今日も早速ディーはキラに首を傾げておねだりしてくる。
その姿はまるで誉めて欲しいと目を輝かせて尻尾を振る子犬……。よほど頑張って執務を終えてきたのだろう。
「キラ、膝枕……」
エグシスでの頼れるお兄さんっぷりとは正反対なディーのあざとい表情……。キラは思わず苦笑してビーズ刺繍の手を止めた。
「そこにクッションがあるでしょ?」
「つれないことを言うなよー。甘えさせてくれよー。頼むよ~……」
キラの前でしか見せない子供っぽい言動と無防備な表情。……確かにその顔色は良くないようにも見えるので、どうやら本当に疲れているらしい。
キラは大きく深呼吸のようなため息をついてビーズ道具を箱にしまうと、自分の膝をポンポンと叩いた。
「やった!」
ディーはいそいそとキラの隣に移動すると、幼子のようにそのままキラの膝枕に収まった。キラの膝にズシッと頭の重みがかかる。
「重くないか?」
「ん、大丈夫」
「痛くないか?」
「平気だよ」
返事を聞いて、ディーは安心したように微笑んで目を閉じる。
正しい恋人の在り方とはどういうものなのかわからないが、こうしてディーの髪を撫でているとこちらの心も穏やかになる。……こんな感情になるのはディーに心が大きく傾いている証拠だ。
ディーは穏やかな表情で気持ち良さそうに微睡んでいる。
遥か昔から存在しているディーからすればキラは雛鳥も同然だろうに、こうして甘えているディーの方が雛鳥のようだ。
……逆を返せば、今までこんな風に安心して身を委ねられる相手がいなかった、ということなのだろう……。
「あー、ダメだぁ……。このまま睡魔に連れていかれる……」
「本気で昼寝するならベッドで寝たら?」
「やだ、ここから動きたくない……。お前が添い寝してくれるのなら移動する……」
「………………いいよ」
このまま膝枕で長時間眠られると足が痺れてしまいそうだ。それなら、ただの添い寝の方が……。
ディーはキラの返事に微睡みから覚めてキョトンとしている。そんなディーを押し退けたキラは照れ隠しに「ほ、ほらっ」とディーの手を引っ張っていった。
「やった。キラが俺の手を引いて、自分のベッドに呼んでくれた」
「他意はないからね。ちゃんと昼寝して休んだ方が良さそうな顔色をしているディーを放っておけないだけだよ」
「キラの優しさが沁み入るなぁ。愛しているよ、俺のキラ」
「はいはい」
求愛の口付けをあしらいつつディーをベッドに寝かせて、キラはベッドの端っこに寝転がった。
「キラ、俺の可愛いキラ。もうちょい近くに来てくれ。これだと添い寝の意味がない」
「……もう、図々しいなぁ……」
キラが苦笑しながら手の届く距離まで体を寄せると、ディーは嬉しそうに笑って目を閉じた。
「ああ、キラのいい匂いがする……」
「布団に顔を埋めながら変態発言するなら、今すぐ私のベッドから出ていってくれる?」
「変な意味はないさ。お前のすべてが好きだから落ち着くんだ。キラ、大好きだ……」
すでにディーは寝入る直前といった感じで呂律が回っていない。数分としないうちに穏やかな寝息が聞こえてきた。
隣を見ると美形の寝顔……。こうして静かに黙っていれば格好がつくのに、キラの前ではただひたすらに求愛するのだからギャップが酷い。
こうして添い寝をしていても過剰に意識したり緊張したりはせずに平穏な気持ちだ。どうこう言いつつもディーはキラとの一線を守っているから、このまま自分が眠っても襲ってきたりはしないと信用している。
やれやれ……、と呆れてため息をついたキラもまた目を閉じた。
どれくらい眠っていたのだろう……? ディーが目を覚ますと、横向きの体勢でこちらを向きながら眠っているキラが見えた。
すぅすぅと落ち着いた寝息。無防備であどけない寝顔……。自分への確かな信用を感じてディーは少し嬉しくなった。恋人の愛おしさに微笑みながら寝顔を眺める。
キラが自分の意思でこんなに近くにいてくれている、これほど嬉しいことはない。心が温かくなって勝手に口角が上がっていく。
だが……、次第に胸の中に暗い不安が押し寄せてくる。
「……」
あの状況では半ば脅しのような形となってしまったが、この城にキラを連れてきたことに後悔はない。仮にあの時のキラが無傷であのままエグシスに帰していたとしたら……、キラが今頃どうなっていたのかわかったものではない。
いくらエグシスが境界の地で最も治安のいい街だとしてもいざこざや事件は起こり得る。そもそも自分がキラと初めて出会った時に、キラはチンピラに路地裏へ連れ込まれてカツアゲに遭いかけていたのだ。自分がそこへ通り掛かったのは本当に偶然だった。
『――――え』
一目惚れだった。
あの娘こそが自分の番なのだと本能が叫んだ。
突然出会った番が目の前で悪漢に襲われかけている、という修羅場だ。あの時の自分は経験したことがないほどに情緒がぐちゃぐちゃだった。
怒りに任せてチンピラをミンチにしなかったのは「初対面の番を怖がらせてはいけない」という理性がギリギリで働いたからだ。
あの時のキラは生計を立てる手段を持っておらず、天界で拾い集めていたマナ石を売ることで得た僅かな金しか持っていなかった。そんなキラが安全にエグシスで暮らせる方法を考えた結果、エグシスで暮らしている知古の魔族を頼ってキラの居場所を確保したのだ。
それからというもの、自分は足繁くエグシスに通ってはキラと関わるように努めた。
魔法道具で姿を偽装して少年を一生懸命に演じているキラが健気で可愛らしかった。
生まれて初めての自由を得て無邪気にはしゃいでいるキラが眩しかった。
キラのすべてが愛おしくてたまらなかった。
自分は夜の睡眠を削りながらもどうにか時間を捻出し、キラと会うためにエグシスへと通い詰めた。……それでも不安は尽きなかった。
――――そして。案の定とも言うべきか、バドでの事件が起きた。
「……」
自分が不在の間キラに異変がないかを察知できるように、自分はチカラを使ってキラの変化には注視していたつもりだった。
だからこそ……、キラの心の《悲鳴》が聞こえた時は肝が冷えた。
他の上位魔族達と会合をしていたタイミングだったのだが、そんなものは即座に放り投げた。窓と壁をぶち破って飛び出して、全力でキラの居場所を探って駆けつけた。
そうして自分の目に飛び込んだものは……、翼が折れてボロボロとなったキラの無惨な姿だった。
自分の心臓が潰れたと錯覚するほどの衝撃に襲われた。それまでキラを見守っていたと自惚れていた自分自身に未だかつてない殺意が込み上げた。
今にも吐きそうなほどの自己嫌悪を圧し殺しながら、キラに必死でありったけの想いを伝えた。あの場でキラに断られていたら、自分は耐えきれずに自害していたかもしれない。
「……」
そうしてキラが自分の城に来てくれて。一緒に話をして、笑って、振り向いてもらえるように求愛をして……。
先日はついに、キラが恋人になってくれた。
それからのキラは少し変わった。以前は自ら触ってくることなどほとんどなかったが、最近は遠慮がちながらもキラの方から腕や頭に触れてくれるのだ。
今日も膝枕と添い寝をしてくれて、自分の我が儘をきいてくれた。キラが恥ずかしがりながらも歩み寄ろうとしてくれているのが伝わってくる。
本当に嬉しい。嬉しくて、キラが愛しくて、幸せで仕方がない。
「……」
魔界でキラ以外の天使や大天使と会う機会はこれまでに何度かあった。キラのように天界での居場所を失い、フリューゲルへとたどり着いた天使達がいたのだ。その中には女の天使や大天使もいたが、異性として心が動くことなどなかった。
かつては自分の一族と仲間を惨殺した白の天使に対して思うものもあったが、それは長年生きているうちに少しずつ消化されていった。だからこそ自分は白の天使を差別することなく、フリューゲルに逃れてきた彼ら彼女らを庇護したのだ。
今のフリューゲルにはキラ以外の天使や大天使はいない。庇護していた天使達は皆、すでに天寿を全うしている。
「…………」
魔族化して長命となった自分は、これまで数えきれないほど多くの旅立ちを見送ってきた。そうして取り残される心の痛みに慣れることは決してない。
また、魔界に自分と同じ存在がいないことに対する孤独も強かった。序列第二位の魔神は自分と似たような来歴だが、奴はこちらを青二才だと認識しているために絡まれると面倒で距離を置いている。
配下や民達が自分を慕ってくれているのはわかるし、側近達と戯れるプライベートの時間は楽しい。
それでも……、自分の心にはぽっかりと穴が空いていた。
「……」
キラと出会ってから、自分は本当に幸せだ。キラと会話するだけで、その姿を見るだけで、自分は本当に幸せなのだ。
だというのに――……、心の穴は塞ぐどころかますます広がっていく。
「……っ」
ああ、ダメだ。キラの顔を見ていると涙が込み上げてくる。キラを起こさないように慎重に寝返りを打って反対側を向き、そっとため息をつく。
キラが好きだ。好きで好きでたまらない。心の底から愛している。番としてキラと一緒に生きていきたい。キラと、一緒に。
だが――……、キラがそれを拒んだとしたら?
「…………ぅっ」
自分の番として生きていくためには、キラは自分と同じ魔族化した存在にならなければならない。その方法はわかる。自分の魔族としての魔力をキラに注いでやればいい。
だが。
キラが番となることを拒み、魔族化しなければ。
――――……キラは、自分よりも、先に、死ぬ。
「……っ」
自分からしてみれば、大天使の寿命なんて儚く短い。キラが死ぬのなんてあっという間だ。
そうしてキラを喪った後も、自分は膨大な時間を生きていくことになる。
自分はキラと過ごした星の瞬きのような奇跡の瞬間を胸にしまって、思い出にすがりつきながら、一人で孤独に生きていく。キラのいない世界で、一人ぼっちで生きていく。
――――……そんなの、耐えられない……!
「……っ、く……っ」
毎晩そう考えてしまうから、自分は夜にほとんど眠れない。眠れたとしても悪夢ばかり見るのだ。キラを喪う絶望を何度も、何度も、何度も、繰り返し夢で体験するのだ。
「……ぅぅ……っ」
「えっ? ディー?」
戸惑ったようなキラの声。背後で身じろぎするキラの気配がする。圧し殺していた嗚咽が聞こえて起こしてしまったのだろう。申し訳ないことをした。
嗚咽で返事ができないでいると、自分の背中に触れるキラの手を感じた。
小さくて繊細な優しい手。
「ディー、どうしたの……?」
キラの心配そうな声に涙を殺そうとする。
だが……。自分を心配してくれるキラの気持ちが嬉しくて、大好きで。そんなキラをいずれは喪ってしまうのだという絶望がますます膨れ上がってきて――。
「……っ……」
「ディー……?」
そっと傍に体を寄せてきたキラの温もりがわかる。背中を擦ってくれている手が優しくて気持ちいい。
だが。この奇跡の時間はいつかなくなってしまう。
いや――……。
もしかしたら。実はもうとっくにキラはいなくなっていて、これは追憶として夢で見ているだけの幻なのかもしれない。
「……キ……ラ…………」
キラがいない人生なんて、生きる価値はない……。
「ディー。ディー。大丈夫だよ」
大丈夫じゃない。
「ほら。私はここにいるよ」
もういない。キラは、もう――。
「ディー!」
パン、と。両頬を温かく華奢な両手で挟まれる。
涙で歪む視界の向こうに、最愛のひとがいた。
「ほら、大丈夫。ここにいるよ」
優しい声音。柔らかな温もり。夜鴉公などという大仰な肩書きを持つ自分に、唯一それを向けてくれる存在……。
我慢の限界だった。
「…………キラ……、キラ……ッ!」
激しく震える腕で小柄な体を必死で抱き締める。
腕だけでは消え去ってしまいそうで、その上から更に翼で包み込むように掻き抱く。
「キラ、お前と番になりたい。お前と一緒に生きたい……っ。お、お前を……喪いたく、ないっ……!」
「……ディー……」
「キラ、キラ……ッ。愛している。愛しているんだ。苦しいくらいに愛しているんだよ……ッ!」
ボロボロと溢れ出る涙がキラの髪を汚していく。
震える腕と翼でキラを抱き締めて。それでもキラの繊細な体を潰してしまわないように注意して。けれどもそれではキラが霞のように消えてしまいそうで――。
「ディー……」
とん、とん――……、と。
キラが一定のリズムで優しく自分の肩を叩いてあやしてくれている。
「……不安にさせてごめんね。でも、もうちょっとだけ待って。いい加減な気持ちで返事をしたくない、から……」
「っ……!」
あぁ……。キラに、断られてしまう――……。
絶望の未来が目の前をちらついて、耐えきれずに唇を噛み締めた。
「ディー……。ほら、大丈夫。大丈夫だから力を抜いて。唇から血が出ちゃっているよ? ほら、力を抜いて。大丈夫だよ」
キラの優しい指先が頬を撫でる。
嗚呼、ああ。俺の愛する人はなんて優しいんだろう。
「キ、ラ……」
嗚咽の隙間から名前を呼ぶと、キラはそっと微笑んだ。
キラは加減して抱き締める自分の腕からそっと体を持ち上げて、そして――……。
「っ? あ……」
微かに触れた程度の温かく柔らかな感触。
こめかみに感じたそれに驚いて呼吸を忘れていると、逃げるように腕の中に戻ってきたキラが、恥ずかしさを誤魔化すように額をぐりぐりと押し付けてきた。
「…………」
呆然としながら自分のこめかみに触れる。
今のは、夢、だったのか……?
だってキラが、俺のこめかみに、口付けをして……。
「…………」
いつの間にか嗚咽は引っ込んでいた。現実味のないままキラに視線を落とす。
必死に顔を隠しているキラの耳が真っ赤だった。
「……ディー……」
「う、うん」
語彙力が下がりきっていて上手く返事が返せない。
キラが自分の胸に頬を擦り寄せてきた。
「ええっと……。ほら、えっと、上手く言えないんだけれど……」
「……」
「えっと……。ディーのこと……、ちゃんと、好きだから。だから、ね。大丈夫だよ。ただ、ちょっと、考えたいだけ。成り行きは嫌だから。だからええと……、誠意? そう、ちゃんと誠意を持って返事がしたいだけだから。だから、その、ええと……」
キラは一生懸命に言葉を紡いで、ギュッと自分にしがみついてくる。
「…………だから……。つ、番になるのは、もうちょっとだけ待ってて。心の準備が必要なの」
「……」
心の、準備……?
つまり、ええと、なんだ?
キラは……、嫌じゃないのか?
俺の番になってくれる気持ちがあるのか?
本当に?
本当の、本当に?
「……な、何とか言ってよっ!」
沈黙に耐えかねたキラが胸に埋もれたまま文句を言っている。
ああ、キラ。愛しいキラ。可愛い。可愛いなぁ……。
「おれのつがいがかわいい」
思わず心の声をぽろっと呟くと、キラはコツンッと額をディーの胸にぶつけて抗議してきた。
「まだっ! まだだからっ!」
「キラ……、番になってくれるのか? 本当に俺と番になってくれるのか……?」
「だから、まだダメだからっ!」
「…………なってくれない、のか……?」
ああ、やっぱりダメだ。一瞬有頂天になっていた心に、再び暗い泥のようなモノが占めていく。自分はなんて愚かな勘違いをしたのだろう……。
急速に目から光を失って虚ろになっていくディーに対して、キラは「あぁもうっ!」と苛立っていた。
「だから、もうちょっとだけ待っててってばっ! 数日前に恋人になったばかりなんだよ?! 順番ってのがあるでしょっ?!」
「……?」
キラは何を言っているのだろう……?
不思議に思っていると、キラはますますムギュッとしがみついてきた。
「馬鹿っ。恋愛の免疫がないんだから、戸惑うに決まっているでしょ」
「…………?」
キラの耳が真っ赤だ。華奢で小柄な体がとても熱い。激しい鼓動が伝わってくる。
何をそんなに恥ずかしがっているのだろう……?
「あぁもうっ、同じ恋愛初心者なのになんでこうも違うの……っ? もうちょっとだけ待っててよ。恥ずかしい」
「?」
「は、ははっ……、はじめてなんだからぁ……っ!」
「?」
……?
…………?
「………………ぁ」
なるほど。そういうことか。
初心なキラがここまで恥ずかしがる原因の正体がようやくわかってきて、クックックッ……と笑いが溢れてきた。
ああ、なんだ。そういうことか。
「わかった、わかった。悪かったよ。それじゃあ俺は、キラから夜を誘ってくれるのを待っているからな」
「…………馬鹿ぁぁぁッ!」
真っ赤になりながらありったけの叫びをあげるキラをディーは愛おしく抱き締める。
ああ、初心で可愛い。本当に可愛い。
そうか。求愛行動すら知らなかったキラが「番」というものを上手く理解できていないのは当然なのだ。
「なぁ、キラ。俺の愛しいキラ」
初々しいキラの反応も可愛いが、可哀想なのでネタばらしをしよう。
「番になるには求愛者に心から合意をしてくれるだけでいいんだ。それで互いの魂に番の縁が結ばれる。だから、な? 初夜のタイミングは前後してもいいんだ。番の縁を結んだ後でも問題ない」
「………………」
「ああ、可愛いなぁ。俺のキラが初心で可愛い」
見事に固まったキラが愛おしくて可愛くて仕方がない。たまらずにキラの頭に頬擦りをして、求愛の口付けを何度もしてしまう。止まらない。
可愛い。本当に可愛い。愛おしい。狂おしいほどに愛している。
十四回目の口付けをしたところで、キラがようやく我に返った。モゾモゾともがいてディーの腕と翼からの脱出を試みている。
「どっ、どのみち今はダメ! こんな状況で返事なんて絶対にしないからねっ! ちゃんと時と場を改めてプロポーズしてッ!」
「えぇ……? 俺にはロマンチックなプロポーズなんて無理だって言ったじゃないか」
「努力してよっ! じゃなきゃやだッ!」
やれやれ……。俺の将来の番は恥ずかしがり屋で素直じゃなくて本当に可愛い。
先ほどまで泥沼の底に沈んでいた感情が嘘のようだ。ディーは羽根のように軽くなった心でクスクスと笑った。




