2話 妄想犯行計画と契約 前編
妄想犯行計画と契約 前編
『我は刻想器、汝らヒトの想いを叶える存在である』
森咲 杜鷹である僕の目の前には、自称想いを叶える存在と名乗る刻想器がいる。
確かに刻想器はずっと、僕の目の前にいたと言うが、果たしてあれは堂々と目の前にいたと言えるのだろうか?
刻想器はどんな感じですか? と聞かれた場合、僕は『片手の手のひらに収まるぐらいの黒いスマホです!』と返事をするだろう。
――推理モノ、トリックモノ、SFモノをよく見る僕からしてみれば、男心をくすぐるムードが台無しのレベルだよ……
『神秘的な輝かしい光を放つ、謎の観測者!』とか、『君の願いをなんでも叶えてあげるから言ってごらんよ』とか……こんなワクワクするような登場の仕方を僕は期待していた。
――非現実の空間に僕を引き摺り込んだ元凶なんだから、もう少し演出を頑張れよ……『我は、プラネタリウムの投影機と同化してました!』って、流石にないだろ……
『ふっ、流石にないか……』
「ああ、流石にアレはないよ」
――というか、僕が頭の中で考える事を読めるのかよ……
『ふっ、しかし我が見せた未来は、汝が今のままでは、必ず辿り着いてしまう未来の形の1つなのだ』
今の僕が、辿り着く未来の1つの形だと? 僕自身の未来は、僕自身が決めることで、非現実的でよくわからない存在に、僕の未来を勝手に決められてたまるか!
「僕は、あんなバッドエンドみたいな未来は認めない……バッドエンドを見せられたなら、ハッピーエンドを目指すだけだ!」
『ふっ、無駄だ。汝が辿り着く未来は、汝だけの問題であの未来に辿り着いたのではない。あの未来を観た汝は今、何を想うのだ?』
あの未来を観た僕が今、何を想うのか? それは……
「信じる訳……ないだろう! だって僕はこうして、今を元気に生きているじゃないか!」
『ふっ、今も元気に生きている……か』
「そうだ! 未来はな、自分で選択、掴み取るモノだ! だからこそ、後ろを振り返ることは許されない! それが未来というモノだ!」
『ふっ、なるほど後ろを振り返ることは、許されないか……汝の強き想いは分かった』
「分かってくれて、良かったよ」
『ふっ、なら汝に聞こう……我が見せた、未来の汝は、なぜ泣いていたのだ?』
僕があの未来を観て、なぜ泣いていたのか? それは半年前の6月のあの日、雪護さんと趣味友としての関係が始まったキッカケが、萬屋赤葉だったからだ……
【半年前の6月のあの日 PM12:30 会社】
半年前の僕は、トリックや推理モノを鑑賞、考察を少し変わった個人的な趣味として、色々な作品を観ており、当時の僕には、それだけで十分で充実した生活だった。
どんな理由があれ、それが例え創作上の登場人物だとしても、人を殺めることがあってはならない。
だからこそ、物語に触れた人達に模倣されることが無いように、『この物語はフィクションです』という言葉があるのだと僕は考えている。
萬屋赤葉の事件帳の第1話から始まる、嗅のトリック編の犯人は、被害者である人を殺める事を最後まで悩み、葛藤していた。
だから自身の知恵を最大限に絞り、偶然を装って被害者を殺めるという、犯人の中では完璧な犯行を実行した。
でも最終的に、その完璧だと思われた犯行は、犯人のあるミスにより、主人公である萬屋赤葉に暴かれてしまった。
この嗅のトリックの事件を暴いた時の赤葉は、膝をついた犯人へ言葉をかけた……
『あなたの気持ちはわかる、理解できない訳じゃないわ。殺める以外の色々な選択肢を選ぶこともできたのに、あなたは人を殺めるという選択をしたの。
結果、萬屋赤葉である私に暴かれた……ただ、それだけのことよ。
途中までは完璧だったのに、あんな強烈な匂いを放つ凶器をあなたが選んだ時点で、あなたの運命は決まり、たった一滴の汁という致命的なミスが招いた結果なのよ』
どんな理由があっても、どんな選択をしようと、選択した結果という未来を見ることができるのは、自分自身であり、だから罪を暴かれる未来を選んだのは、犯人自身なのだ。
――赤葉の考えは、いつも僕が考えていると考えと似ている。
僕だったらもし犯人だったら、強烈な匂いを放つアレをもう少し違う使い方をしていたのに…………と考えながら、昼休憩中の僕のデスクで、赤葉の嗅のトリック編である第1話を再視聴していた。
――赤葉を見ながら食べる昼飯は、なんか癒されるよな……
同僚の雪護さんが、声をかけてきたのは昼休憩も終わる頃だ。
エンディングのスタッフロールで、原作:柊のクレジット表示がされていた時だったこと、雪護さんに突然声をかけられて、僕が驚いてしまったことは、今も鮮明に覚えている。
「森咲くん! 今森咲君が見てるそれって……もしかしてアニメ萬屋赤葉の事件帳?」
「うあぁぁ! びっくりした……ゆ、雪護さん?」
「ごめんごめん。私を昨日見たから、嬉しくて声かけちゃった」
「まあ、良いですけど……もしかして雪護さんも萬屋赤葉の事件帳が好きなんですか?」
「うん、好きだよ。昨日の一話も面白くて、楽しかったよ」
「そうだよね、僕も好きなんだ萬屋赤葉。昨日の第一話の赤葉のセリフがカッコいいんだよな……雪護さんもそう思わないですか?」
「もちろん! でもね…………」
萬屋赤葉の設定は、高校卒業したばかりのフリーターで、街の記録人を自称して事件に首を突っ込むという変わった設定だ。
相棒であるスキンヘッドで、いつもサングラスをかけている刑事、明堂真警部からは、赤葉の赤髪とフリーターの探偵から赤毛のフリ探と呼ばれている。
萬屋赤葉の事件帳が、僕が住む日本で有名な人気作品になった理由が、赤葉と明堂警部が些細な事から喧嘩をするシーンから始まり、少しずつシリアスな展開で進んでいくというギャップが、萬屋赤葉の事件帳が人気作品になったひとつの理由だ。
「そうそう、僕が萬屋赤葉が好きな理由、雪護さんと同じ理由だよ」
「そうなんだ、あと――」
『社員の皆様、昼休憩時間終了時刻となりました、午後からも頑張りましょう』
「いいところだったのに! ……森咲君、また話そうね」
「うん、雪護さん」
他にも雪護さんと話をしたかったが、タイミングが悪く、昼休憩は終わってしまった。
この日を境に雪護さんとは、萬屋赤葉の最新話が放送される度に、お互いの感想と考察を語り合う趣味友になった。
彼女が僕のことをどう思っているのか? 僕には分からない。
でも僕は雪護さんに、同僚、趣味友以上恋人未満以上の特別な感情が芽生え始めている事に気づいた。
僕に芽生えた、雪護さんへの特別な感情の正体は、簡単に言えば、初恋だ。
だから僕が観た絶望の未来のボクは、涙を流していたのだろう……
『ふっ、初恋か……我が見せたあの未来で、汝が呟いていた名前であり、あの未来に繋がってしまった要因の1つだ』
「雪護さんが絶望の未来の要因の1つ?」
『ふっ、そうだ。汝には、あの未来を変える意志が、本当にあるのか?』
「どうだかな……でもあんな絶望の未来を本当に変える事ができるのか?」
『ふっ、それは我には分からぬ……だが、汝と話をする時間も無くなってきた、だから最後に汝へ問おう!』
――最後に問おう?
『我は、想いを叶える存在、刻想器! あの絶望の未来を観た汝は今、何を想う?』
これは、あの絶望の未来を見せてきた、想いを叶える存在刻想器の僕のあの未来を変えることへの問い……
森咲杜鷹として20代半ばまで、今を生きてきた僕が、刻想器の問いに対して、この短時間で考えた僕の想いは……
「僕の想いは、ハッピーエンドの未来を自分で掴み取る想いだ!」
僕の想いに対して、目の前の黒いスマホであった刻想器が、強力な眩い光を放つと同時に、僕の意識が朦朧とし始めた。
『森咲杜鷹、刻想……契約締結。我……いや私は杜鷹のそばにいるから、それだけは……わすれ…………でね』
「え? なんだっ……て……」
僕の朦朧としていた意識がここで途切れた。
『モリ……君! ねぇ…………サキ君!』
途切れゆく意識の中で、優しい女の人の声が聞こえてくる……そうだ、この声は、僕が護りたい大切な人の声……だ。
「森咲君! ねぇ、森咲くーん!」
2話 妄想犯行計画と契約 前編 完。
3話へつづく!




