はじまりの昼休み
翌日、白神ユイは屋上にいた。
春の風がそっと髪を撫で、遠くで昼休みのチャイムが鳴っている。
昨日の“戦い”は、なかったことのように過ぎ去った。
旧校舎の裂け目は閉じ、誰にもその異変を気づかれてはいない。
けれど――
ユイの中では、何かが確かに変わっていた。
(私はあの空間と向き合った。なら、もう逃げない)
俯いたまま、彼女は静かに握った手を見つめた。
あのとき芽吹いた《氷華の聖宮》。
そして夢境転域《Phase 2》という新たな力。
(今の私はもう、“ただの転校生”じゃない)
「……そこ、空いてる?」
声に振り向くと、昨日話しかけてきた少女――春名ミサキが、パンとジュースを持って立っていた。
「……いいよ」
ユイは少し戸惑いながらも、隣のスペースを空けた。
「屋上って、あんまり人来ないんだよね。あんたも静かなのが好き?」
「……そうかも。ここ、落ち着くから」
「だよね。私も、ひとりになりたい時はここって決めてるの」
ミサキはそう言って、小さく笑った。
(この人……近づいてくる)
ユイは警戒しながらも、どこか安心していた。
誰かと“共にいる”感覚が、こんなにも温かいなんて――
「白神さんって、前の学校はどこだったの?」
「……ちょっと、遠くの場所。いろいろあって、こっちに」
言葉を濁すと、ミサキは深くは追及しなかった。
けれどそのまなざしは、どこか核心を見透かすような、優しい色をしていた。
「なんか、目が……強いね。戦ってきた人の目だ」
その一言に、ユイの胸がかすかに痛んだ。
――なぜ、わかるの?
けれど聞き返すことはできなかった。
「もし何か困ったことあったら、言ってね」
「……ありがと」
二人の沈黙が、風に溶けて消えていく。
その日、ユイはほんの少しだけ、笑った。