孤独の影
「“侵入者”……!」
旧校舎の空間の裂け目から現れたそれは、黒い靄を纏い、牙のようなものを持つ異形だった。
脚も腕もない。ただ、這うように滑る音と、どこかで聞いたことのない低い呻き声。
ユイは一瞬、息を呑んだ。けれど逃げない。
この力を持って生まれた時から――いつか、こうなることは分かっていた。
「……夢境転域、限定展開」
その言葉と同時に、彼女の足元から青白い波紋が広がる。
周囲の空間がゆっくりと、しかし確実に“書き換わっていく”。
旧校舎の廊下が、徐々に様相を変える。
天井は高くなり、空気は冷え、どこまでも広がる氷の回廊へと姿を変えた。
ここは、彼女が支配する異空間――
《氷華の聖宮》。
その中心に立つユイの瞳は、どこか寂しげだった。
(また、私だけの場所に逃げた……)
誰もいない異空間。
自分の力で守るために、自分の心ごと閉ざすように。
侵入者はその空間の中でもうねりながら、咆哮を上げた。
氷の回廊の壁を砕く衝撃に、ユイの髪が揺れる。
「来なさい。私は……あなたを通さない」
けれど、その声にはどこか――
“誰かに気づいてほしい”という、淡い願いも込められていた。
――ユイは、孤独だった。
誰にも話せず、誰にも頼れず、この力をずっと一人で抱えてきたのだから。
異空間の奥深くで、冷たい風が吹く。
孤独と力の狭間で、白神ユイは静かに戦いを始めた。