異変の予兆
その日、校内で奇妙な噂が広がっていた。
「旧校舎の時計が、夜中に動き出したんだって」
「誰もいないはずの理科準備室から音がしたらしいよ」
「幽霊…とかじゃないよね?」
クラスメイトたちは面白半分に騒いでいたが、ユイはその噂に妙な違和感を覚えていた。
「異空間が……揺れてる?」
彼女の能力、夢境転域は、周囲の空間の“ひずみ”に敏感だ。
校内の空気が、微かにざわついているのを彼女だけが感じ取っていた。
放課後、ユイは一人で旧校舎に足を運んだ。
空間がひび割れるような違和感――夢の城プラシア城の一部が、こちら側ににじみ出ているようだった。
廊下の先、誰もいないはずの部屋の扉がゆっくりと開く。
中から、黒い靄がふわりと漂い出した。
「……やっぱり、誰かが境界を触ったの?」
ユイは小さく息を吸い、指先を軽く払った。
その瞬間、空間に淡い青白い光が走る。現実と夢の狭間が、彼女の力で静かに整えられていく。
――だが、間に合わなかった。
空間の裂け目から、何かが“こちら”に顔を出した。
それは歪んだ獣のような影。異界からの侵入者。
「来た……!」
ユイは制服の裾を翻し、一歩前に踏み出す。
まだ完全ではない夢境転域の力を、彼女は解き放とうとしていた。