城下の本屋さんに行きましょう♪
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カハズ・ナ・ロスカーンの提案に従い、まず二人は書店へ行くことにする。
そう決めてマグ・イーレ市内へ足を踏み出すも……、アイーズはちょっと驚いた。
市門に直結したその路が、やたら狭いのだ。石だたみの道を挟んで、建物が左右にひしめき合っている。
通常、市門の前と言うのはひらけた大路。その都市の玄関広間よろしく、目抜きの大通りになっているものなのに……。
アイーズは、建物にかかる白板をちらりと見上げた。≪市門大路≫と記してある。
――これで、大路……??
たしかに人通りは多い。ヒヴァラと心もちくっついて歩きながら、あたりを少し観察してみた。
実にごちゃつく通りであり、街並みである!
ファダンにもこういった場所はあるが、飲み屋や大人の遊び場の集まる、いわゆる繁華街だった。ここマグ・イーレでは、この狭さ近さが標準なのだろうか? 行きかう人々は皆かたぎ風の人ばかり、老若男女が平気な顔をしてすり抜けすり抜け、通り過ぎてゆく。
はてな、とアイーズは思う。この町は以前、家族旅行で訪れたことがあった。けれどこんな異様に狭い界隈のことは、記憶にない……。もっとも、その頃アイーズはまだ十代半ばだったから、今とはものの見方も違っていたのかもしれないけれど。
「すみません。この近くに本屋さんはありませんか?」
赤ちゃんを抱っこした、若いお母さんに聞いてみた。
「ここをまっすぐ行って、内壁くぐった右側にあるわよ! この町には一軒しかないの」
マグ・イーレ大市は、二重の城壁で丘を囲んでいた。きゅうくつ大路をしばらく行くと、横に長い蔵のような石壁があらわれる。市門のあった市街壁と違い、窓らしき四角い穴が順序だてて開いているところを見ると、どうも住居になっているらしかった。
その分厚い壁に大きく開いた通路をくぐる。一瞬の暗がりの後に、再び街並みが続いていた。
「あ、そこじゃない?」
ヒヴァラが長い指で示す先。
屋号も何もなく、【書店】とだけ書かれた看板がさがっている。
しかし、やたら小さな商家だった。灰色の石積み角型の建物が、別の大きな建物にはさまって身動きが取れずにいる、という感じである。
――プクシュマー郷の狩猟小屋のほうが大きいわ……。町で唯一の書店がこんなに小さいなんて。マグ・イーレには、本を読む人があまりいないのかしら?
それでも、路に面した飾り窓にはびっしりと主張がなされている。
≪創作叙事詩『ホメタオシヤス』最新刊入荷≫
≪コプリ習字教室、参考書あります≫
新刊情報や教科書販売の宣伝掲示にまじって、新版地図が広げられている。美しい貝殻や年季の入った筆記具なども飾って、なかなか良い感じの演出だ。
アイーズは店の扉を押した。
「いらっしゃーい!」
高ーいところから声をかけられ、アイーズとヒヴァラは顔を上げる。
二階だったのをぶち抜いた、……と言う風にしか見えない高い高い天井。そのぎりぎりまで本棚がのび、本がぎちぎちに詰まっている!
巡回騎士が火消しの時に用いるような、ひょろりと長い梯子が何本も棚に立てかけられていて、その一本の先っちょに店員がつかまっていた。
とととと……と、軽やかにはしごを下り、その人は二人の前に立つ。
「何かお探しでしたら、お手伝いしましょうか?」
質素な麻衣に紺色の長い前掛けをつけて、瘦せ型壮年男性は柔和な笑みを二人に向ける。つるっときれいな頭が、……ゆで卵みたいだ。
「マグ・イーレ書店へようこそ。店主のロランでございます」