母をたずねて、……はて何愛里きたかしら?
マグ・イーレを目指してきた、アイーズとヒヴァラの旅の一大目的。
ヒヴァラの母と会って過去の真相を聞くこと、……しかし彼女は今どこにいるのか?
『そのヒヴァラ君のお母さまを、どうやって探すか……ですね?』
小さなカハズ侯が、まじめなけろけろ声で言う。
ヒヴァラがさらわれてティルムンへ連れてゆかれた直後に、忽然とファダンから失踪した母親。
レイミア・ニ・ディルトという名前のほか、ヒヴァラは母のことをほとんど知らなかった。
「顔も声もしゃべり方も、そりゃおぼえてることはおぼえてるよ。けど実家がマグ・イーレの首邑にあるってこと以外、何も知らなかったんだ。俺」
誕生日もわからなければ、年齢も知らない。強行してこんなところまで旅して来たけれど、果たして本当に会えるのか。探し出せるのだろうか、とアイーズの豊かな胸のうちに一抹の不安がよぎる。
『えーと。ヒヴァラ君、しかしきみは伯父さんなる人物とは会っているのでしたよね? ファダンからテルポシエ港まで、その人が同行したのでしょう?』
「うん、そうなんだ。母さんのお兄さんで、マグ・イーレ騎士なんだと言っていたよ。筋肉もりもりで背が高くって、いかにも正規の騎士って感じだったな」
それじゃヒヴァラとは全然似てないのね、とアイーズは思った。
「伯父さんとはその時、初めて会ったんでしょう? 道中、話はあまりしなかったの?」
「ほとんどしなかったし、ちょっと何か言ってたことも忘れちゃった。と言うか俺はその時、かなり怒ってたから」
柔和なヒヴァラ少年は、自分の意思を無視して理不尽にファダンから連れ出したディルト氏に、かなり腹を立てていたのである。
そうしてテルポシエ港ではティルムン商人にヒヴァラを預け、伯父は挨拶もなしに消えた。ヒヴァラがふいと振り返ったら、もう波止場の人ごみにまぎれて姿が見えなくなっていたのだ。わけのわからないまま、ヒヴァラ少年は大きな定期通商船の渡し板を歩かされ――それっきりだった。
『うーむ。お母さまに会って真相を問うのが、もちろん第一目的なわけですが……。アイーズ嬢。その伯父のディルト侯、と言う人物がかなり気になります。慎重になりすぎると言うことはありません。巡回詰所へ行って、ディルト家を探していますと言うような正攻法は、避けるべきかもしれませんね』
「……何か危険があると思う? カハズ侯」
『ええ。意図的だったのかどうかはわかりませんが、正規の騎士がヒヴァラ君を連れ去ったティルムンの人身売買業者と接触している、という時点できな臭いです。それに当時も今も、マグ・イーレとテルポシエは好敵手どうしではありませんか? 私用と言えど、単身ひょいひょいと航行してテルポシエに行くだなんて……。マグ・イーレ騎士としては、ちょっとおかしいですよ』
かえるはけろけろ、流暢に自説を述べた。
『そんな後ろめたそうな騎士が、帰って来たヒヴァラ君を前にしてただで済ますとは、展開的に甘すぎます。少なくともお母さまからはっきり真相を聞き出すまでは、ヒヴァラ君の名を隠して調べた方が賢明でしょうね』
「カハズ侯の言う通りだわ。わたしもちょっと、考えが甘かったわね……」
それなりに老いて、息子を窮地に追いやったことを後悔し続けているはずのヒヴァラの母に会い、当時の背景を知るとともに和解して……。そんな風に考えていたアイーズである。希望的観測しかしていなかった。
「なんか、怖くなってきたし」
「大丈夫よヒヴァラ。まさかの時は、≪かくれみの≫の術で……」
もそもそと怖気づいてきたヒヴァラとアイーズをきょろきょろ見比べて、小さなかえるはきりっと言った。
『ですからね、アイーズ嬢。城を攻めるならばまずは外堀から、ですよ。ディルト侯とその一族が、公にはどんな騎士であり貴族なのかを、かるーく調べてみましょう』
「……どうやって? かえるさん」
『マグ・イーレの城下書店へ行って、当地の≪騎士名鑑≫を閲覧するのです。大したことは知られずとも、敵の基本情報は握っておいたほうが確実に良い』
「そ、そうか……。その手があったわね!? さすがカハズ侯!」
『うふふ。だてに本の虫をしてません』
かえるは虫じゃない……。そう思った突っ込みは、もちろん入れないアイーズとヒヴァラである。