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マグ・イーレ領に入ったわ!

・ ・ ・ ・ ・



 道はその先ずうっと伸びているけれど、≪ユウズ湖沼こしょう景勝街道≫はガーティンロー領だけの呼び名だった。


 カハズ侯の古城を出たあと、西に進むにつれて、道の左右の林がどんどんと濃くなってゆく。道幅も狭くなったと思ったら、≪マグ・イーレ領≫と立て看板が見えた。


 ここにもごく小さな検問所があったが閉まっていて、周囲にも巡回騎士の姿は見えない。


 一挙に粗くなった道の上を、アイーズとヒヴァラを乗せたべこ馬は、かぽかぽと西に進んで行った。


 半刻ほども進んだ頃、木々の密度が薄くなって、しだいに目の前に曠野あらのがひらけてゆく。自然の野と人の手の入った農地が入り乱れて現れ、そしてアイーズたちの後ろへと流れ去る。


 人家はあまり見かけなかった。しかし広くもない畑の中に、農人たちの立ち働く姿がぽつぽつある。



『あのう、ヒヴァラ君』



 ぽそりと話しかけられて、ヒヴァラは頭巾のふちに視線を向ける。



「なに、かえるさん? お手洗いかい」


『いえ。精霊は色々とだしませんので、ご不浄とは無縁でございます。向こうに、白い淡い花がたくさん咲いているところ、……あれは何でございましょう?』



 それでアイーズも、ふいと前方左側を見た。



「……」


「あれは、杣麦そまむぎの畑よ! カハズ侯」



 言いよどんだヒヴァラに代わって、アイーズは答える。



『ええー、あれが!』


「ああ~、そっかぁ」



 発見と再発見、カハズ侯とヒヴァラの声が仲良く二重唱になった。


 小さなかえるは、ヒヴァラの頭巾ふちから身を乗り出すようにして風景に見入っている。



『あんなに野に美しく咲いたものを、お椀の中にいただいていたなんて。驚愕です』


「色々たくさん生えてる畑って、いいよねぇ」



――いや、そまは杣よ……。イリーじゅう、どこにでもあるわよ~~??



 ずれまくっている二人に軽く突っ込みかけて、アイーズはやめる。


 そうだ、当たりまえに眼前に広がっていれば慣れてしまう。けれど杣麦の花、みどりに雪を降りかけたような白い花の野は、改めて言われればやっぱり美しい風景なのだ。


 こういうものに囲まれて生きる日々は、尊い。


 そう思ったら、アイーズの口をこんな言葉がついて出た。



「きれいだし、丈夫だし。おいしくって優秀よねぇ! おそばは」



・ ・ ・



 マグ・イーレの田舎道は細くてがたがたしているが、そのまま首邑みやこへと続いているらしい。


 途中、通りがかりの農家に寄って昼食をお願いする。その家にあった古い地図を見せてもらって、アイーズは目をまるくした。



「知らないうちに、ずいぶん南へ来ていたんだわ。わたし達!」


「ユウズ湖沼の景勝街道をたどって来て、本当によかったね」



 大きいが、ずいぶんと質素な内装調度の農家台所。出された食事も杣の粥にゆで卵、かぶの漬物と質素だったが、たっぷり量を食べさせてもらえた。


 この時代、イリーの田舎をゆく旅人は、農家で食事を頼むのがごく一般的だった。たいていは蔵や地下室に多くの保存食を備えているから、急におとなっても受け入れてもらえる。農家の方でも臨時の収入となるし、また見知らぬ土地の話を聞く機会とみなして、喜んでもてなすことが多かった。


 つましい農家のおじさんは、首邑みやこの話はあんまり聞こえてこない、とアイーズ達に言う。だめもとで≪ディルト≫という一族におぼえはないかとアイーズは問うたのだが、年輩夫婦は頭をひねるばかりだった。



「似たような名前を、どこだかで聞いたような気がしないでもないんだがねぇ……?」


「前の王さまの頃から、この辺はどんどん騎士の通りも少なくなってきているし。中央から来るものと言えば、税金を取りに来る官吏ばっかり。なんだか、置いてけぼりにされている気がするんだよ」



 字の読めない中年夫婦は、肩をすくめて皮肉と寂しさの入り混じった様子だった。



「息子もね。ここにいたんじゃ先が見えない、ってんでマグ・イーレ大市に行ったのよ」


首邑みやこでお仕事をされてるんですか? 息子さん」


「傭兵隊に入る、と言って出て行ったんだけど。もう三年も音沙汰なしさ」


「ろくでもないところへ道を踏み外してやしないかって、親の心配も知らんのだろうよ。さみしいったらありゃしない」



 お嬢さん方はしっかり家族におたよりしなよ、と夫婦に言われアイーズは素直にうなづいた。


 そして、再びのべこ馬上。


 午後の陽が明るく高い。問題に出くわさなければ夕刻までに首邑入りできるだろう、と農家夫婦は言っていた。



『うーん。ヒヴァラ君、お漬物のおすそ分けをありがとうございました~』



 のんきなカハズ侯の声が、けろけろ流れてくる。



「ねえ、カハズ侯、ヒヴァラ。じきにわたし達、マグ・イーレの首邑へ着くわけだけど……。今のうちに気になること、話しておきましょうか?」



 田舎道に行きかう通行人の姿はほとんどない。べこ馬の手綱を握ったまま、アイーズはヒヴァラとかえるに話しかける。



「うん」


『ですね! まずは本題、どうやってヒヴァラ君のお母さまを探すか……ですね?』



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