ミニかえるはかわいいわ~!
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陽の差し込む窓近くで朝ごはんを食べながら、アイーズはヒヴァラに≪ティーナ≫のことを話し伝えた。
ティーナが目撃していた、沙漠の家の襲撃のことは詳しく言わない。記憶が生々しくよみがえって、またヒヴァラが恐慌に陥ることのないように。
アイーズが、自分に取りついている呪いの元である精霊と長く話したことで、すでにヒヴァラはだいぶ困惑している。その証拠に、黒いふすまぱんがなかなかなくならない。
「そんなやつの話、信じちゃっていいのかなぁ。本当は別の目的を持ってて、俺たちを丸めこもうとしてるんじゃないのだろうか」
「……別の目的って?」
草編み湯のみの白湯をすすりながら、アイーズはヒヴァラに問う。
「たとえば、将来的に俺の身体を完全にのっとるつもりとか……。ああ、その前に俺のたましいを食べちゃうとか!」
精霊に魂を食べられる、と言うのはよくある怪談である。
それはあり得るのかもしれないな、とアイーズは思う。自分の勘では、ティーナは根っからの悪者ではないような気がした。けれど自分の取りついているヒヴァラを守るためとは言え、プクシュマー郷の近くで頑強そうな男を二人も消しているし、最強精霊の水棲馬すら滅ぼしてしまった。やることが極端と言うか、とにかくティーナを怒らせて、見境なく暴れられるような事態は絶対に避けたい。
「その辺はたしかに、まだまだわからないわよね。けどティーナのおかげで、ヒヴァラは今のところ元気なんだし。それに理術をたくさん使っても疲れないのは、精霊の力なんでしょう? やっぱり」
「そうなんだよね……」
沙漠の家にいた時のヒヴァラは、≪聖樹の杖≫なるものを常用して理術を使っていたらしい。先端が三段こぶこぶになった長い杖で、これがあるとないとでは、発動させる理術の威力が格段にちがってくるという。
「俺が使っていた杖は、納屋が壊れた時になくしちゃった。本当はあの杖がなけりゃ、≪乾あらい≫ひとつするのだってへとへとになるんだ。だから今こうして、お湯わかしたりできるのも本当に不思議なんだよ……」
ふう、とヒヴァラはため息をつく。
「とりあえず、今はあいつと一緒にいること我慢しなくちゃいけないのかな。あいつの力が脱けちゃったら、俺はアイーズに何もしてあげられなくなる」
「何言ってるの。ついてくるだけでいいのよ?」
一応言いはしたが、……やはり道中に理術の助けがないのは大変かも、とアイーズは現実的に考えていた。
さらに、ティーナが言っていたこと。ヒヴァラがいまだに瀕死である、ということもよくわからなかった。ヒヴァラ本人にも見当がつかないでいる。
「あいつが出てったら、俺死んじゃうっていうのも……なんか変なんだけど。まぁひどい悪さをしてこない限りは、なんとか我慢するしかないかな。……自分の中に別人がいるって、ほんとに気持ちわるいけど」
そもそも、どうしたらこの状況から脱せるのかを、二人はまだ知らない。
ヒヴァラはようやく、黒いふすまぱんを食べつくした。外もしっかり明るくなった、出発のときである。
「呪いを解く方法なんて、そうそう簡単にわかりそうなものじゃないわ。焦っちゃだめなのよ、きっと。カハズ侯の知恵もかりて、道中じっくり考えていきましょう」
「そうだね。かえるさん、もう起きてるかな?」
古城の螺旋階段を下りながら、二人はとりあえず楽天的になっていた。厩舎から出して、草を食ませていたべこ馬のところに行く。
薄青い朝の光の下、小さな湖は風を映してさらさら波をふるわせている。
「まだ来ていないみたいね。カハズ侯」
「そろそろ行くんだけどなー……。かえるさーん??」
『はあーい』
柔らかくもしょっぱ辛い、おじさん声がヒヴァラの呼びかけに答える。近い……しかし二人が見回しても、湖のほとりの野に怪奇かえる男の姿はない。
『ここでーす』
「ああっっ」
ヒヴァラが気づいた。べこ馬のたてがみ、ひたいのあたりに、小っさな緑色のかえるが座している……!
『ごきげんよう、アイーズ嬢にヒヴァラ君。こんな感じに目立たなく行こうと思うのですけど……。いかがでしょう?』
「いいんじゃないかなぁ!」
「かわいいっっ」
差しのべたヒヴァラの右手のひらに、かえるはひょいととび移った。怪奇でも何でもない、ただのかえるだ。……人語を話してはいるが。
「水に入ってなくて大丈夫なのかしら?」
『ふふふ、金魚じゃありませんもの。それに精霊なので、多少のことにはびくともしませんよ』
かえるは嬉しそうに、頬をふくらまして話している。
それを見ているうちに、アイーズとヒヴァラも笑顔になってしまった。ほんとにかわいいのだ、このかえる!
「よーし、それでは! 行きましょう」
「行こう行こう」
アイーズはべこ馬に乗り、後ろにヒヴァラを引っぱり上げる。かえるのカハズ侯はヒヴァラの外套頭巾ふちに入った。
かっぽ、かっぽ、かっぽ……!!
やわらかい朝日の下、一行は古城を背にした。
『さらば故郷。湖の中のかえるは、大海を見にゆくのです!!』
カハズ侯が、歌うような軽やかさでそう言った――。