ヒヴァラがきれきれ豹変してるわ!?
『お嬢さま。あなたのお連れ様は、精霊に取りつかれているのだと思います。ご存じありませんでしたか?』
「えっ」
――精霊ですって……??
『はい。わたくし同様、丘の向こうに行きかけて、とどまった者でございますよ。と、言いますのも……』
「うるさいぞ、お前は。 いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」
怪奇かえる男の言葉を乱暴にさえぎって、ヒヴァラは早口で理術詠唱を始めた。
「とっとと燃やしてまうから、蜂蜜ちゃんはさがっとき」
ぼおっっ!!
ヒヴァラの周囲に、握りこぶし大の火の玉が無数にあらわれ出る。
『きゃっ!?』
揺れる火の玉に驚いた怪奇かえる男が、ひょいと後ずさりをした。
「集い来たりて……」
「だ、だめーっっ! やめて、止めて! ヒヴァラぁっっ」
さくら杖を放り出して、アイーズはヒヴァラの左腕をぎゅううっと抱きしめた。
「お願い、やめて! このひと話ができるわ、悪いおばけじゃないのよっ」
「どう見たって、気色わるい化けもんやん。焼くしかあらへん」
ぶ・ちいーっっ! 見かけ判断でしゃべるヒヴァラに、アイーズの中で何かが切れる。
「軍曹の言うことを、聞かんかー! ごるぁッッッ」
豊かな胸底からの気合一発(ヤンシー風)、間近でくらってヒヴァラはぴくりとした。
「そうだ。やめろ、……アイーズの……言うとおりに、しろ……」
ヒヴァラの横顔が、ふるふると震える声でとぎれる言葉を絞り出す。
「……尊しその源へ、疾く帰られし……」
ヒヴァラがあえぐように静かに言い終えると、周りに浮いていた火の玉はふつふつと消え、闇に戻ってゆく。荒い息遣いがそこに響いた。
「ごめん、アイーズ……」
振り向けた顔が、……いつものヒヴァラのやぎ顔である。
「……ヒヴァラ、なのよね?」
力なくうなづくヒヴァラを見て、アイーズはその左腕から両手をはなした。だいぶ弱まった髪の輝きの下、悲しげに動揺した表情が見える。
「あのう。かえるのおばけさん、……本当にごめんなさい。俺、いろいろと失礼なこと言ったでしょう?」
怪奇かえる男に向かって、ヒヴァラはおずおずと言った。
『言ったのは、きみじゃないんですよね。いいんです、気になさらないで』
滋味ぶかい優しい口調で、怪奇かえる男は答える。大きな口をまげて、微笑しているらしかった。
「それで……。俺、あなたのこと、やっぱり怖いんですけど」
『おや、怖がってくださるのですか』
「はい。……でも、さっきの話……。どうか、教えてもらえませんか。精霊にとりつかれてる、どうこうって話を」
「そう、そうそうそうっ。わたしからもぜひ、お願いしますっ」
まだまだ震えているヒヴァラを背中から支えながら、アイーズもがくがく頭を上下させた。
「さっきの話の流れからすると、かえるさん! あなたも精霊ってことになるのですよね!?」
昔からある言い伝え……。子どもだましと思っていたイリーの田舎のその習わしに、今アイーズは全力でとりすがる気でいる。善い精霊には、お供えものをあげれば手助けをしてくれるんじゃなかったか! たしか!
「干しりんごが、ちょっとあるんですのっ。よろしかったら、お湯と一緒におひとついかがでしょうっ!?」
「はっ……! ちょ、貯蔵りんごもあります!」
アイーズに言い添えるヒヴァラ。二人をじーっと見つめる、かえる男の玻璃玉みたいな巨大な目が、きょろっと潤んでまろやかになった。
『招んでいただけるなんて。わたくし、はじめて』
大きな口が、いよいよ曲がる。怪奇かえる男は笑顔を浮かべたらしい。
『甘いものは、うれしいですね!』