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♪♪かえるの湖、歌声が~♪♪…

 

・ ・ ・ ・ ・



 一応の用心はすべし、と言うことで最後の用足しは二人で外に出た。


 水棲馬がいるかどうかは、結局わからないのだ。湖の近くには絶対に寄らないよう、むしろ目も向けないようにして、アイーズとヒヴァラは森の方へ入ってゆく。



「わたしはこっち、ヒヴァラは向こうねー。終わったら、絶対ここで待っててよ?」


「わかってるよう」



 反対方向へがさごそ樹々の下草を踏み分けていきながら、同性だったらこういう場合つれだってできるのかなぁ、とお互いに考えていた。いや無理かも。


 アイーズが済まして戻ってみると、ヒヴァラはまだだった。と、森の闇の中からあかく輝くあかりが近づいて来る。



「ここの湖、かえるがいっぱいいるのね」


「えっ?」



 さっき二人が古城から出てきた時は、かえる達は警戒して押し黙っていたのかもしれない。


 げろげろ大合唱が夜のしじまを侵略して、単調ながらも愉快な喧噪で満たしている。



「へー。このげろげろ言ってるの、かえるなんだ……! 知らなかった。俺、虫かなんかだとばっかり思ってたよ」



 ファダン大市の中で育ち、ほとんど外に出なかったヒヴァラに、かえるの大群合唱は未知のものだった。そしてティルムンに、……沙漠にかえるはいない。



「アイーズはなんで知ってんの? ああ、プクシュマー郷にいっぱいいるの?」


「ううん。プクシュマー郷で聞こえるのは、森のどうぶつの鳴き声よ。かえるは上の兄のところへ行ったとき、≪五つ沼≫でたくさん聞いたの」



 塔の古城にむかって歩きつつ、アイーズは話した。


 ファダン南部、イリー海へと突き出した岬の部分を≪浜域≫と呼ぶ。バンダイン家四きょうだいの一番上、アイーズの≪上の兄≫はそこの地方分団に配属されて長い。



「あれ。じゃあ俺の兄さんみたいに、地方へ行きっぱなしなんだ?」


「うーんと。どうなのかしらね、本人は将来的にファダン大市へ帰って来るつもりでいるけど」



 アイーズは少々話をにごした。この辺はバンダイン家の内密事項と言うか、あまり話してはいけないことである。


 上の兄は表向き地方分団配属となってはいるけれど、実は中央所属だった。


 対外・・軍務のために浜域にいるのだろう、とアイーズは見当をつけているが、本人から詳しく教えてもらえない。兄がファダン大市の実家へたまに帰省するとき、父とぼそぼそ話し合っているのを盗み聞きした内容から推測しているだけなので、本当のところはアイーズにもよくわかっていないのだが。



「前に、上の兄のところへ遊びに行ったことがあるの。うちから遠くないところに、≪五つ沼≫って言うすごくきれいな色の沼があってね! 夕方、そこでかえるの歌を聞いていたのよ」


「きれいな色って?」


「空色とかよ」


「……いや、空がうつりこむんだったら、そりゃ空色でしょ?」


「じゃなくってー。明るめのはなだ色とか、翠玉すいぎょくみたいな緑とか、ひまわりの黄色に見える時もあるの」


「なんで??」


「何でかしらね。その辺とっても不思議だから、さらにきれいなのよ。わからないものって、よけいにきれいに見えることもあるじゃない?」



 へえーえ、と輝く頭を振って、ヒヴァラは感心したらしい。



「そんなところがあるんだぁ。俺も行って、見てみたいな」


「じゃあ、行こう!」



 ぎいいー。湖の方から顔と目をそむけたまま、二人は古城の重い扉を押して中に入った。



「ファダンに帰って、ヒヴァラが市民籍とれたら行きましょうよ。そんなに遠くないし、季節もいいから。きっと楽しいわよ」


「いいね!」



 旅の途中で、次の旅の話をするのは途方もなく楽しい、とアイーズは思っている。


 二人が朗らかに笑って古城の螺旋らせん階段をのぼり、上階のへやの中央にこしらえた草編み天幕の壁に手をのばした時。



 ひた……。



 アイーズとヒヴァラは、二人同時にぴしッと固まった。かたまってから、くるぅり……と、ゆっくり振り返る。


 今通ったばかりの戸口の外で、何かが動いたのを二人同時に察したのである。


 がしッッッ! ぴとっっ!


 アイーズが右手にさくら杖を構え、その左肩うしろにヒヴァラが身を縮めて貼りついた。



「ヒヴァラ。頭巾かぶって、髪をかくすのよッ」



 囁きながら、アイーズはどくどく脈打つ胸のうちで、すばやく考えをめぐらせる。



――何者かしら、こっちを見ていた……? 通りすがりの浮浪者、あるいはわたし達みたいに野宿派の旅人かも。さっき古城の中にいた時は、何の気配もなかったわ? まさかと思うけど、ファートリ侯の追手なのかもしれない……!



「アイーズ……。人間ぽい音は、なんにも聞こえないよ」



 理術を使って聞き耳をたてているらしい、ヒヴァラがささやく。



「……こうもりでも、飛んでったのかしら」


あかり……つけてみようか?」


「うん」



 ヒヴァラが早口でティルムン語を唱える。アイーズの握るさくら杖の上先に、ぱっと灯がともった。ほんとに燃えているわけではないが、松明たいまつのように見える理術の灯りである。それをかざして、アイーズはのしのしと歩き始めた。



「……さっき、戸口の右方向に動いていったわよね?」


「うん。のぼり口……屋上へ出るほう……」



 ヒヴァラはアイーズのすぐ後ろについてくる。


 室を出て階段を見渡しても、誰もいない。


 ふんッと気合の鼻息をついてから、アイーズは屋上へ向かう段を踏み始めた。そうっと最上段をのぼりきれば、星空が明るい。その満天星をうつした湖面も明るいらしい。にぶい夜のあかりをまとって、ひとりの誰か・・・・・・が闇の中に立っていた。湖の側、屋上ふちに出っ張った柵壁のすぐ近く――。


 十歩ほどしかない間合い、それを打ち破るつもりでアイーズは声をかけた。



福ある夜をこんばんは



 がたがた、かたた……。左肩と背に引っ付くほどに近いヒヴァラが、震えているのがアイーズにわかる。


 その人はアイーズたちに向かって、ゆううううっくりと振り返った。裾の長い外套すそがひらめく。


 あまり上背はないが、はっきり男性とわかる身体の輪郭。


 その人が両手をかけて、かぶっていた頭巾を下げた時……アイーズは口を四角く開けた。


 理術のたいまつに照らし出され、ぬらっっと光る巨大なまるい眼。幅広な顔を横切る長大なきれめとしての口が、ゆっくり動く――。



福ある夜をこんばんは、おふた方』



 ひとの形をとったかえるが……。


 いや、かえるの形をした人間が、じいっとアイーズを見つめていた。



「げろげーろ」



 言ったのは怪奇かえる男ではなく、アイーズ・ニ・バンダインである。


 他に何を言ったらいいのか、わからなかった。


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