ヒヴァラと進路相談よ!
「ね、ヒヴァラ。これからマグ・イーレに行って、ファダンに帰って……。そしたら君は、あらためて市民籍を作るでしょう。その後、何がしたい?」
びしッ!
進路相談を振られて、ヒヴァラの柔和なやぎ顔が凝固した。慌ててアイーズは言い添える。
「あ、ごめん。別にせかしたりしてないのよ? それこそ理術で草むしりしながら、わたしの実家で居候してていいの。でも、ほら……。もうヒヴァラは、何をしたって自由なんだし。やりたいこととか、なりたいものがあるのなら。お父さんやヤンシーも、相談にのってくれるわ」
元不良兄の人生相談では不安が残るかもしれないが、一応あれでも末の兄は正規の巡回騎士である。
「うーん……」
「前は、文官になるつもりだったよね?」
「前はね……。でも貴族籍をなくすことになるし、試験の出願できる年も越えちゃってるから、今の俺にはどだいむりだよねぇ」
ヒヴァラはちょっと遠い目をする。ふむ、とアイーズは鼻をひくつかせた。
――ヒヴァラの言う通り。単独戸籍のファダン市民になるなら、名前から≪ナ・ディルト≫の貴族姓がなくなる……。
この先、マグ・イーレの家側から不当な言いがかりや扱いを受けないためにも、ヒヴァラは母方の姓を放棄する必要がある。父方兄方の≪ナ・ファートリ≫姓に変えることはできないのかしら、とアイーズは頭をひねった。このあたりのイリー法にアイーズは疎い。
どちらにせよ、兄のグシキ・ナ・ファートリがあの調子、いまだヒヴァラの命を狙っているのだとしたら、とうてい無理な話だろう。現時点でファートリ家の筆頭を担っている、あの兄の許可を得ないことには、同一姓は名乗れそうにない。
「と言うか……。俺はアイーズこそ、文官になるんじゃないかって勝手に思ってたんだ。修練校のとき」
「あら、そうなの?」
イリーの騎士修練校には、女子生徒も一定数いる。
ファダンの場合、軍属の正規騎士になることは貴族女性にゆるされていない。しかし修練校での課程を修了し、試験を突破すれば、≪準文官≫の資格を得られる。ここから教師、宮廷内事務や市職員など、高位の職につく道がひらかれるのだ。正規騎士の文官、すなわち文官騎士とは異なるが、有事においての動員義務がない。
「でも、文官になるって言っても……。私の場合なら準文官よ」
「そりゃそうだ。戦争になったときに、アイーズが動員されたら俺はものすごく困っちゃうじゃないか」
「その割にはよろこんで軍曹呼びしてるのね? ……あれ」
「アイーズ?」
「ヒヴァラ。……君はなれるわよ、文官に! 全然おそくなんかないわ!」
そうだ。よく考えれば、≪準文官≫は身分を越えてひろく開かれた資格なのである。
平民身分の者でも、一定の教育課程を修了し、研修を受け試験に通れば取得できる。年齢制限はないも同然だった。
「ファダン市庁舎は文官騎士の職員ばっかりだけど。他の町や村ではどこだって公務員不足なんだもの! 例えばプクシュマー郷みたいな小さな集落なら、大歓迎されて就職できるんじゃないの?」
その分、お給料も少ないだろうけど~! その辺の考えはぐいっと脇に押しやって、アイーズはがしっとヒヴァラの腕をつかんだ。
「ヒヴァラなら。その気になってがんばれば、できないことなんか何もないわッ! 正イリー語はばっちり読めて書けるんだし、加えていまの記憶力でしょう? まさに準文官にうってつけの逸材だと思うわよ!」
「そ、そ、そうかぁ~??」
見るからに及び腰!
「で、でもそうかぁ……準文官か。そういうこと考えても、いいんだね……!」
「そうよー! それに準文官って言ったのはほんの一例で、ヒヴァラは何にでも、好きなものになれるの。……と言うか、理術士なんだって皆に大っぴらに言えないのが、残念よねぇ……」
「大騒ぎになっちゃうよね……」
「うん。わたしとしては、すっごくありがたいし。友達としても誇りに思っているけど」
寂しさとうれしさの入り混じった表情で、ヒヴァラはまたはにかんだように笑った。
「そいじゃあ俺、これからのことよーく考える。でもって何になってどうしたいか決めたら、……そしたらアイーズに真っ先に言うよ」
「どんと来ーい!」
貫禄ゆたかに胸の奥底から笑って、アイーズはヒヴァラに白湯のお代わりを所望した。またたく間に、いいあんばいのお湯が草編み湯のみに満ちる。
こういうヒヴァラを世界じゅうに自慢できたら、本当にいいだろうなとアイーズは思った。ざんねん。