出会った過去話するわね!
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アイーズはべこ馬を厩舎に入れて干し草でこすり、貯蔵りんごをいくつかあげた。
ヒヴァラが井戸水を汲んでわかし、小城の裏庭に張った小さめ天幕で順番にお湯を使う。≪乾あらい≫をかける……。二人ともだいぶ、野宿の手際が良くなりつつあった。
そうしてヒヴァラは、寝室だったらしい上階の一角に草編み天幕を張る。
「家の中で天幕はっても、野宿って言うのかなあ?」
黒いふすまぱんを切り、干し腸詰を切って、一緒に食べる。
「ふすまぱんも腸詰も、ふつうに家の中で食べるよりおいしいじゃないの。ものがより美味しいということは、すなわち外で食べてるってことよ。よって今は野宿しているんだわ、わたし達」
「そうか~~」
言ってる本人も全く力説していないアイーズのへりくつを、右耳から取り込み左耳より同時排出しながら、ヒヴァラは適当に相槌をうった。
「アイーズ、小刀かして。俺、りんご食べる」
「え、べこ馬のおやつよ? それ」
「うん、いいんだ」
ぱちん。アイーズの携帯折りたたみ小刀をあけ、ヒヴァラは手中のりんごにむけて構えるようなそぶりを見せた。
「えい」
くる、と差し入れた小刀をまわして、一挙に芯をくり抜いている。
「ああ、よかった。芯の取り方は、忘れていなかったよ」
――そうか、沙漠の中にりんごの樹はないものね。……ヒヴァラは久しぶりに、りんごが食べたかったんだ。
豊かな胸の中で、アイーズは納得した。取り出した芯を脇において、ヒヴァラはアイーズを見る。
「半分たべる?」
「え?」
「修練校で、アイーズよく俺にくれたろ」
「ああ……」
遠い記憶が、ぎゅうんとアイーズの中に還ってきてあふれた。
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ファダン修練校の昼休みは長い。ほとんどの生徒は家に昼を食べに帰ってしまうのだが、アイーズは少数派で学校に残っていた。
ひっそり静まった教室の机上にお弁当を広げていたら、音をたてずに入って来た子がいた。
目が合って、おたがいちょっとうなづいただけ。
進級したばっかりで、級友のことなんてほとんど知らない。男の子とは別の学科も多いから、ますます知らない。
≪その黄色いの、なあに≫
けれどその子は、不思議そうにアイーズに声をかけてきた。アイーズが首をかしげると、男の子は机に近寄ってきて指さす。
≪りんごっぽく見えるけど……何?≫
アイーズは目をばちばちさせた。
≪りんごだよ?≫
≪そんなぁ≫
男の子のほうも、目をばちばちさせた。まるい、子やぎみたいな双眸だった。
≪うちの樹のは赤いんだ。それに今は卵月なんだし、りんごなんてあるわけないのに≫
≪貯蔵りんごって言うんだよ。うち、いっぱいあるから地下の倉にたくさんしまってるの≫
≪……≫
アイーズの座る机の前に突っ立って、少年は目を丸くしたままだった。
≪半分、あげよっか?≫
ぱんと乳蘇を包んでいた空の手巾を押しやり、隠しから折りたたみ小刀を取り出してぱちんと開けながら、アイーズはたずねた。
少年がうなづいたから、アイーズは芯をくりぬいて半分に切ったりんごを彼に差し出す。
しゃくっと一口たべても、少年の目はまん丸なままだった。
何かを大発見した、と言いたげな表情。
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