湖ほとりの古城……詩的にすてきだわ!
「ここなら野宿しても、誰の邪魔にもならないわよ。きっと」
「そうだね」
そこでアイーズは、その妙にうっそうとし始めた一画にべこ馬の頭を向けた。
一応の小道はついているが、脇ではいばらが茂っていくらか荒れている。定期的に人が通っている気配はなく、売り家になってだいぶ経っていそうな印象だった。
やがて目の前がひらけて、そこに湖面が輝く。きらめく水辺に寄り添うようにして、ずんぐりとした円塔のような小城が建っているのが見えた。
「これが売り物件なのかしら」
「そうじゃない? こっちは正真正銘、手の入っていない年代もののお城だ」
石材組みの塔は崩れかけ……と言うほどに傷んではいないものの、とにかく寂しげな印象のたたずまいである。
灰色の壁には淡く陽がとけこみ、風雨と年月にざらついた石積みの表面をうっすらと金色に染めていた。
暮れる前にあふれるばかりの陽光の下、アイーズとヒヴァラは下りて、湖の手前にべこ馬を放す。
「ここ、ずいぶんと小さな湖ね。池と言ってもいいくらいよ」
「うーん。水棲馬が住むには、いかにも手狭って感じだけど……。いるのかな?」
「それを言ったら、ここまで来る途中に見た別荘に来る人はみんな、水棲馬がお隣さんってことになるわよ。ガーティンローのお金持ちが、そんな危険をおかすかしらねー?」
とにかく、ぼやぼやしていてはすぐに日没になってしまう。二人は小城の周りを調べてまわった。
「あそこの井戸はばっちり使えるよ。湖から水もってこないで済みそう」
「そう! 小ぶりだけど、裏手の厩舎もだいぶ状態よかったわ。べこ馬が草たべ終わったら、入れてやりましょう」
「俺らの天幕は、どこに張ろうか……」
見まわしかけて、ヒヴァラは城の正面玄関に目を留めた。
「あんがい、入れちゃったりして」
「えー、お城の中に天幕を張るの~?」
多少ふざけた調子で言い合って、……ぎいー。
ヒヴァラの引いた扉が重い音をたてて開いた時、ふたりは目を丸くして顔を見合わせた。
足を踏み入れた先は、薄暗い……。しかし妙に空気が澄んでいた。
「あんまり、ほこりっぽくないのね。誰か住んでいる人がいるのかしら?」
「……けはい、全然ないけどなぁ」
入ってすぐの地上階、小部屋ひとつと台所・洗い場らしいのがある。進んだ先の壁についた螺旋階段を上ってゆくと、上階には広い寝室がひとつっきり。
当たり前のことだが、室内はどこも空っぽだった。がらんとした石壁石床だけの空間、かつてそこにあっただろう住人の痕跡は何一つ見当たらない。
やはり空き家になって久しいのだろうか、とアイーズは思った。
螺旋階段の続く先は、屋上階である。
小さな湖、それをぐるりと囲む林が広く見渡せた。べこ馬が水際で、草をもぐもぐやっているのも見える。
夕陽のさす西方は、もう森だった。他に家やしきの姿は見当たらないから、やはりここはガーティンロー領ぎりぎりの外れなのだ。
森の向こう側に見える部分は、すでにマグ・イーレ領なのかもしれない。そのずっと後方、はるか遠くに、うっすらと青い山脈のかげが見えた。
「あの青いのは、フィングラスの山地かなー?」
「さらに後ろにぼんやり見えるのは、まさかキヴァン領じゃないわよね~??」
高いところにのぼると、世界の広さをありありと感じる。それがささやかな高みであっても、だ。
赤からばら色、だいだいに金……。沈みゆく太陽を囲んで、あたたかい色でいっぱいに満ちた空は美しかった。
「きれいね!」
感じたままを、アイーズは口にした。
「うん。きれいだよー!」
返すヒヴァラの言葉も、笑っていた。