ユウズ湖沼景勝街道に来たわ!
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アイーズとヒヴァラを乗せたべこ馬は、キャーレの町から出立した。
ガーティンローの南北幹線路へ出て、しばらく南下する。
さすがお金持ちの国、よくならされた国道は幅が広くて状態がよかった。ただファダンの≪切り株街道≫に比べると、あまりまっすぐではない。ぷよーん、ひょろーん、と大きく東西に弧を描く道らしい……。もちろん地図上で眺めてみた時の話だ。実際に馬を歩かせているぶんには、感じない。
「でも長い目でみれば、時間を食うってことなのよね」
「小さな湖や沼の集まりがぽつぽつあるから、その辺よけて道あけたって感じだったなあ」
「ユウズ湖沼というのも、そのうちの一つなのかしらね。景勝街道って言うからには、きれいなところなんでしょう。見るのがちょっと、楽しみだわー」
なだらかな起伏の上に大きな農地が広がり、羊や牛が草を食んでいる。代わるがわるに現れる森はファダンほどに深くなく、手入れのされた里林がほとんどだった。
イリー諸国中ぶっちぎりの富裕国、ガーティンローは田舎までも豊かに見えるところである。領内に数多くの貴石鉱山を持っていて、北部穀倉地帯やティルムンへの輸出もしているし、イリー貴族は美しい石が大好きだ。変わらぬ人気、絶えぬ需要に肥やされる太い商売を基盤として、経済力だけ見ればガーティンローは都市国家群内でもとびぬけていた。
昼過ぎ、≪ユウズ湖沼景勝街道≫の標識が見えたので、そこを曲がる。ここまでの南北幹線路と変わらない、良い道をべこ馬はゆく。
ぽつぽつと人通りはあった。アイーズとヒヴァラの乗るべこ馬は、騎乗の人、屋根付き馬車に追い越されてゆく。みな良い馬、よい身なりである。
道の片側の林が徐々に薄くなっていって、青い湖水がちらちらとかいま見えてきた。
「あ……アイーズ、あれ」
ヒヴァラが右手をのばして指さす。
柔らかな光を反射して、輝ける大きな湖面が広がっていた。そのほとりに、石造りの屋敷が佇んでいるのが見える。
「うーん! 詩的ねぇ、湖に古城だなんて」
「……いやアイーズ、古城じゃないぞ。びっかびかの、新しいお屋敷だ」
「ええ?」
そちらがよく見える路傍に、べこ馬を寄せてとめる。
アイーズが目をこらしても、それは絵になるゆかしき雰囲気の古城でしかないのだが……?
「すごいなあ。わざと古びて見えるような仕上げにしてあるんだね! けど玄関石段から屋根のてっぺんまで、まんべんなく手入れが行き届いてるよ」
新築の古城には、計算された経年加工がなされているらしい。
そしてそれは、ひとつではなかった。中小あわせて数十の湖がある中を景勝街道は走っているのだが、美しい湖のほとりにはうつくしい屋敷がある。道を一歩外れれば、どこも私有地らしい。
「ぷーっっ! なあんだ、つまり壮大な別荘地ってことだったのねぇ」
「あはははは」
どうりですれ違う人々がみな、お高級な感じだった。
おそらく首邑ガーティンローのお金持ちのための、休暇保養地なのだろう。もうじき夏に入るところだし、少しずつ人が来はじめているとみえた。
いずれにせよ、治安のよさそうな地域である。このまま西を目指してマグ・イーレ領に入るとしても、今日中には無理だ。二人は本日の野営地を物色し始める。
「でも、どこもかしこも私有地みたいね。そんなところで野宿したら、さすがに怒られるわ。通報されて巡回騎士でも呼ばれちゃったら、大変よ」
「≪かくれみの≫の術を天幕にかけるから、見つかるってことはないと思うけど……」
牧歌的な湖と野とお屋敷、の風景を次々と過ぎ越すうちに、夕陽が赤くかげり始める。
「あら……ヒヴァラ、あの樹の根もとを見て」
これまでほとんど長く続かなかった林が、そこだけ濃く集まっている。
いいや、そこからは森が始まっていた。つまりここがユウズ湖沼地帯の終わり。もうガーティンロー領は終わりかけて、マグ・イーレ国境に近づいているのかもしれない。
アイーズが見つけたのは、風雨にさらされてだいぶぼろぼろになった立て看板だった。かすれかけた文字が、≪売り家≫と読める。下に小さく、不動産業者の連絡先が記してあった。
「しめた! 現時点で住んでいる人がいないところなら、野宿しても誰の邪魔にもならないわよ。きっと」(※)
「そうだね」
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(※)う~ん……。売れる直前まで、当物件にねばり住む人もいるにはいますね。気をつけたほうがいいでしょう。(慎重派ササタベーナのお節介でした)