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実家に連絡入れるわよ!

 

「あのう、だんなさん……。でも俺、東のほうの怖い話とか、よく聞くんですけど」



 黙りこくってしまったアイーズを心配したのか、ヒヴァラが少々うろたえながらも別の話題を書店主に振った。



「東のおばけの呪いの話だとか。そういう本、……えっと。閲覧、できますか?」


「あ~! 東部怪談ね」



 とたん、書店主はぱかっと笑顔をほころばせる。


 イリー世界のどこにでも、精霊おばけは棲んでいる。が、一般的に東へ行けば行くほどおばけの群集密度は高くなっている、という感覚がイリー人の間にあった。


 そもそも、東部大半島こそが精霊たちの本拠地なのであって、そこにいた原住の東部ブリージ系の人々はかれら・・・との付き合いもイリー人より長い。


 東に起源をもつ怪談おばけ話が、イリー世界に伝えられて親しまれる物語へと変化し、地域に定着して伝承されていった。


 そういった話を全部ひっくるめて、≪東部怪談≫と呼ぶ読書子がいるのだ。ちなみに、厳密には東部起源でない話もたくさんあるのだが……まぁ便宜上、そう呼ばれている。



「あれは興味深い領域じゃんるだよね~。けどごめんよ、お兄さん。ここは田舎だし、キャーレの町にはほとんど需要がなくってさ。子ども向けに面白おかしくした、やわらか怪談本しかうちには置いていないんだ」



 本当に体験した系の真剣な・・・怪談は、ご当地に伝承されたもので大人向け需要が自給できてしまうそうな。



「やっぱり首邑級の大都市書店で、検索してもらうのが一番いいよ。マグ・イーレに行くんなら、城下の書店に行ってみたらどうだい?」



 自分の店の品の宣伝そっちのけで、読者本位のおすすめをしてくる妙な店主である。


 ヒヴァラは、アイーズにこくりとうなづいた。地図は頭に入ったらしい。


 アイーズはその書店で、三色すみれの絵がふちに描かれた、すてきな通信布を一枚買った。


 次いで入った配達専門業者の事務所で、筆記具を借りて便たよりをしたためる。



「ファダンの家に、一応の連絡を入れておくわ。お父さんやヤンシーには、本当のことを教えても大丈夫だと思うから」


「そうだね。俺からもよろしくって、書いて?」



 ヒヴァラと自分が無事であること。ヒヴァラの個人的な背景を調べるために、安全な経路を通ってマグ・イーレへ行くが、その後ちゃんとファダンへ帰るつもりであること、などをアイーズは簡単につづった。


 ファダン北町の実家、母あてにしてくるくると通信布を巻きかため、事務員に集荷してもらう。


 両親は、貴族にしてはさほど娘の動向に口うるさくないほうだ、とアイーズは思っていた。翻訳の仕事をしながら、プクシュマー郷の狩猟小屋で一人暮らし同然の生活をするのを許しているくらいである。


 しかし一方で、数日おきの定時連絡を欠かすとかなり怒られた。それは心配が根底にあり、親と子である以上は仕方がないとアイーズは思っている。


 今日もうまい頃合で便りを出せて、内心アイーズはかなり安堵していた。


 ほっとしたついでに、買い物を開始する。


 肉屋で干し腸詰、ぱん屋で黒いふすまぱんを二斤。乾物屋に入っていって、輪切りの干しりんごと黒梅も買った。店内には干し魚のたぐいもあったが、内陸部である分かなり割高である。やめておく。ヒヴァラの背にした麻袋が膨らんでいった。



「だいぶかさばってきたわね。大丈夫、ヒヴァラ?」


「全ー然、へいきさぁ。食べものの重みだもん、しあわせの重さっていうか……。あ、アイーズ! あれ買っちゃだめかい?」



 ヒヴァラが指さしたのは八百屋である。


 店先には、二十日だいこんや春かぶ、紫てんさいなど春もの根菜が葉をくくられて積んである。



「え、えええっ? お野菜買ってどうするの、ヒヴァラがお料理するの?」



 面食らったアイーズに、ヒヴァラは慌てて首を振った。



「じゃなくって! お店の戸に、≪貯蔵りんごあります≫って貼り布がかかってるよ」



 根菜の束がまるで花束みたいに見えるその八百屋では、たしかに林檎りんごが廉価で売られていた……しわしわの季節外れりんごだ。


 干しりんごを買ったのにどうして、と不思議に思いかけてアイーズはすぐに納得する。



――ああ、そうか。かわいがってるべこ馬に、ごほうびをあげたいのね!



 そうとわかったアイーズは、迷わず布袋ひとつ分のりんごを購入した。


 ヒヴァラもがんばっているが、べこ馬もがんばっている。頑張ったものが報われる世であってほしい、と願うアイーズとしては買って身になる買い物だ。


 町の厩舎で待っていたべこ馬に、その金色しわしわりんごを一つあげてから、二人はキャーレを後にした。



「なんかべこ馬、妙にはりきってない?」


「りんご食べて気をよくしたんだわ。ついでにヒヴァラがおやつの続きを持ってるって知って、馬なのに虎視眈々なのよ」


「あはは、げんきんだー。で軍曹、結局どの道を行くの?」


「本屋さんの言っていた、ユウズ湖沼こしょうの景勝街道、っていうのがいいんじゃないかしらね。不便なブロール街道へ遠回りするのも、危ない目に遭うのも嫌だし。それにイリー街道は帰りに使うんだもの、知らない道を行くのがおもしろいわ」


「だよねえ。ほいじゃ行こう、アイーズ軍曹」


「しゅっぱーつ」



 元気に朗らかに言ってべこ馬を進めつつ、……アイーズはこの経路を選んだ本当の理由は言わなかった。


 景勝街道……。


 いかにも風光明媚を確約保証してくれそうな名称ではないか。どうせ目的地はひとつなのだ、ヒヴァラと一緒に美しいものを見て進みたいと思った。


 むごいもの、悲しいものではなく、きれいなものを。


 優しくまじめなヒヴァラは、それに値するのだとアイーズは信じている。

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