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本屋さんで地図チェックよ!

 すてきな匂いのはっか香湯こうゆまでがっつり堪能してから、アイーズとヒヴァラは宿屋の食堂を後にした。


 これから携帯していく分の食料調達と行きたいところだが、食べたばかりでまた食べ物を買う、というのは少々きつい。


 だるくさまよわせた視線の先、書店らしき商家の看板がアイーズの目に留まった。それはヒヴァラも同じだったらしい。



「あそこにあるの、本屋さんだ。地図があるよね? 寄って見ていこうよ、アイーズ」


「そうね!」



 ヒヴァラが見て記憶している地図は、ファダン高地のものだった。とっくに国境を越えた今、必要なのはご当地ガーティンローの地図である。


 小さな町の小さな書店に入った。


 四角い顔の主人に場所を聞いて、大きな布地図を広げてみる。北ガーティンローを特記したその地図でキャーレの町を探したとき、アイーズは思わず声を上げてしまった。



「あらっ!? わたし達、ガーティンロー領に入ったばかりだと思っていたのに」


「と言うか。山間ブロール街道のガーティンロー部分が、あんまり長くないんだね」



 ここキャーレの町の北を貫く、山間ブロール街道。ガーティンロー領域にある道のりのほぼ半分近くを、すでに二人は踏破していたのである。



「ねえ、ヒヴァラ。キャーレの町が上にある、このほそいガーティンロー準街道……。ここをたどって行っても、そのままマグ・イーレ領へ入れちゃうわね? むしろ首邑みやこマグ・イーレ大市に行くなら、こっちの方が早いんじゃないの」


「あー、ほんと。ブロール街道に戻ると、遠回りになるね?」



 二人がもそもそ経路相談をしていると、四角い顔の書店主が横から口を出してきた。



「お二人さん、マグ・イーレ方面へ行くの?」


「ええ、そうなんです」



 朝の店内に、アイーズとヒヴァラ以外の客はいない。紺色の前掛けをしめたおじさん店主は、気さくに話を継いだ。



「悪いことは言わないよ。この道をまっすぐ南に行って、ユウズ湖沼こしょうの景勝街道を行くか。あるいはぐうっと南下を続けて、海沿いイリー街道を行った方がいい。ブロール街道は、本当におすすめしないよ」


「そうなんですか?」


「ああ。蜜月旅行なんだろう? いやなもの見ちまっちゃ、台無しさ。昼の間は、まぁ大丈夫かもしれないが……。大事をとるに越したことはないね」


「あのう……。いやなもの、って?」



 こわごわ聞いてきたヒヴァラの顔、高ーいところにあるやぎ顔を見上げて、わりと背の低いおじさん店主は眉と声をひそめる。



「森の中にね。東部系の流入民が、かくれ住んでいるって話がいっぱいあってさ……。あの人たちはイリーの国のどこでも見かけるけれど、その中でも後ろ暗くってまともに顔向けできない人たちが、ブロール街道わきの森にはたくさんいるんだよ」



 アイーズとヒヴァラは、どきりとした。


 東部系の流入民……。昨夜助けたあの老婆と、子どもたちのことなのか。


 ≪東部流入民≫の問題は、アイーズも知っている。二人が修練校にいた頃から、地理や政治経済の時間に、時事問題として取り上げられてきたことだ。


 イリー諸国のずっと東方、広大な≪東部大半島≫には東部ブリージ系、あるいは略して東部系と呼ばれる原住の人々がいた。しかしここ数十年の間に、彼らの半島外流出がどんどん顕著になってきているのである。


 原因は海賊襲撃の活発化だった。沿岸部の漁撈ぎょろう集落が襲われ、生き残った人々がさらなる略奪を避けて内陸部に逃げるも、そこで人口過多となって立ち行かなくなる。最終的には、西方に向かって移住……≪流入≫してくるのである。


 流入民の大半は、同じく東部ブリージ系の人々が住む≪北部穀倉地帯≫に向かうのだが、一部はイリー世界にも入り込んできていた。


 言語も生活様式も、容貌も大きく異なる東部流入民は、ほとんどの場合イリー社会に溶け込むことができない。ひと気のない森や山地で、原始にかえったような共同体を作り上げる。それとて、イリー人の目から見れば不法占拠でしかない。イリー式の生活と納税を拒む流入民たちは、各国地方分団の騎士警邏けいらに追われるようにして、仮住まいを転々と続けていった。イリー諸国を歩き連ねたあげくに、おおかたは北部穀倉地帯へと去ってゆく。



「ここキャーレもね、本当にいい町なんだけど……。時々ふらりと、みじめな格好をした人が通るし、お巡りさんもあれで苦労してるんだ。流入民のうちうちどうしで、人さらいも跋扈ばっこしてると言うから、危ないったらありゃしないんだよ」


「……ガーティンロー騎士団は、見回り警邏けいらをしないんですか?」



 自分たちが昨夜遭遇した風景そのものの話をされて、アイーズは少々迫るようにして書店主に問う。本屋のおじさんは、力なく首を振った。



「そりゃあもちろん、しているとも。けれどほれ、さらう方もさらわれる方も、イリー人でなくて外国人だろう? 現場を押さえて人狩りどもを捕えても、追放処分っきゃできないのさ。むしろさらわれる方も、不法滞在で罪になることを知っているから、イリーの巡回騎士に助けを求めることをしないんだ」


「……」


「ブロール街道はテルポシエを通らずに、ファダンから直結で北部穀倉地帯へ行っちまうからねえ。まあ、イリーの法の通じないやからの、御用達街道ってわけなんだなあ」



 アイーズは書店主を前に、呆然とした。


 山間ブロール街道が、海沿いのイリー街道に比べて治安が悪いということは知っていたが……。その生々しい真相をつきつけられて、アイーズは言葉を失ってしまったのである。しかもそれを知らずに、のこのこ踏み入って野宿をしていたなんて。



――自分は世情にあかるい、知識層だと思っていた。とんでもないわ! なんて浅はかだったんだろう、わたし……!



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