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豪華ビュッフェ朝食で気分をあげるわ!

 人助けをしたのに、お礼に浴びせられたのは罵詈雑言。


 アイーズとヒヴァラはくたくたなまま、草編み天幕に戻って寝なおす。


 翌朝だいぶ明るくなってから、べこ馬に乗って二人は出立した。


 大きめ田舎道の交差しているところがある。アイーズはさっさと山間ブロール街道から離れて、先に見えてきた町へと向かっていった。標識板が道端に立っている。


 キャーレ、と言う名のその小さな町は、遠目に見ても町門に花垣なんてつくられてあるし、人がひょいひょい出入りしている。心やすまりそうな町だ。


 公共厩舎にべこ馬を預け、腰をすえて朝ごはんを食べよう、とアイーズは提案した。



「いいの? アイーズが何か買ってきてくれるんなら、俺は外でべこ馬と待ってるよ?」



 遠慮がちに言うヒヴァラに、アイーズはまるい肩をきゅっとすくめた。



「いいじゃないの。長い旅なんだし、時々はおいしいものをゆっくり食べましょうよ!」



 門番役のガーティンロー巡回騎士は、「良い日和だね」とのんきである。身分証の提示も求められない。


 石だたみではなく、土をならしただけの道ではあるけど、ひしめく家々や商家の軒先には花鉢が多く置かれ、しゅうかいどうやさくら草がわんさかあふれるようだった。


 職人風の人たちが行きかっている。老人が子どもの手を引いて、買い物に向かう。何だかほっとするにぎやかさだった。


 繁盛していそうな大きな宿屋に入って、二人はそこの食堂で朝食をとる。


 ファダン領内の宿の朝食に比べると、少々割高感があるなとアイーズは思った。しかし、所詮は自分で給する食べ放題形式だ。ヒヴァラが簡単にもと・・を取るだろうから、アイーズはかまわず先払いをすませる。



「すごいぞアイーズ……! これ、ほんとに好きなだけ入れちゃっていいのだろうか」



 昔麦、杣麦そまむぎ、豆入りはとり・・・あわとお粥からして三種類。その中に入れる乾燥果実や各種蜜煮のずらり並んだ選択肢を前に、ヒヴァラは呆然としている。



「なんてことだ……。しかもはちみつが千花蜜に杣花そば、しろつめ草とそろっている」


「そうよ、ヒヴァラ……。本能と食欲のおもむくままに、どっさり入れて食べちゃっていいのよ……。わたしは一巡目しょっぱい系、二巡目で甘く行くわッ」


「お、俺もそうする。交互にしょっぱいと甘いで、紅白戦だ……!」



 大きな鉢皿に豆入りあわ粥をなみなみよそって牛酪ばたをおとし、つけものを添え、半乾きの熊にんにくを緑に散らしたのを抱えて、二人はいそいそと窓側席へむかった。


 ここも人がたくさん入ってにぎやかだ。二人のような朝食客と、宿泊しているらしい人々の群が入り混じって、おいしい匂いと湯気の中でさわさわしゃべっている。



「まいど~」



 卓子の合間をぬってゆくおばちゃん給仕の声が、朗らかに通る。



「うまっっっ」


「ほんねー!」



 温かい豪華お粥は、本当に夢中になれるおいしさだった。全身全霊で幸せそうに食べるヒヴァラを見て、アイーズはほっとする。



――人助けをしたんだし、ヒヴァラはこういう風にいい思いをしてしかるべきなのよ!



「わたしは自分でいいように食べるから。ヒヴァラはかまわずに、どんどんお代わり突撃するのよ? あ、でも取りに行くんならゆで卵わたしにひとつ、持ってきて~」


「了解であります、軍曹。うーん、乳蘇ちーずもあるの見たんだ……食べちゃうかなあ!」


「え、本当? どこ」


「後ろの方の飾り棚てまえ。べこが三種類に、やぎ二種類」



 アイーズには全然判別できない。というか遠い、人もけっこう通り過ぎているのに……。



「さすがの千里眼ね」


「食べものに関しては、三割増しなんだ」



 きりっと言って、ヒヴァラはお代わり探求へと向かっていった。


 やがて四つ目ゆで卵の殻をむきながら、「あのさ」と話を振ってくる。



「昨日みたいに、ややこしいところに出っくわしたら。アイーズ、俺のこと指揮してよ」


「え? 指揮?」



 二巡目、昔麦のお粥にはちみつをかけて干しあんずを散らし、やわらかやぎ乳蘇を添えたのを食べかけて、アイーズはさじを宙に止める。



「俺がどういう理術を、どう使うのか。アイーズに指図してほしいんだ」



 ぱくっと食べて噛んで飲み込んでから、アイーズは問うた。



「どうして?」


「俺はあせっちゃうと、頭がまわんない。状況を見ながら詠唱、って言うのはほんと無理なんだ」



 周りにいる客たちはそれぞれ自分の連れとの会話に専念しているが、ヒヴァラはアイーズだけに聞こえる声で低く言う。



「プクシュマー郷の近くと、湖の時は、もう……。何がなんだか、わかんないくらいになっちゃった。細かいこともおぼえていない、ぼんやりな感じなんだ……。だから、さ。ゆうべみたいにアイーズが仕切って、ああしろこうしろって言ってくれれば、俺はあわてないで詠唱だけに集中できる。すごくやりやすいんだ」



 戦略理術に才能がないと教師達に早くから見切られていたヒヴァラは、そういった状況の読み方をほとんど教わらなかったのだと言う。


 上にいる者の指図どおりに正しく詠唱をする、と言うことはできる。しかし自分自身で、その場その場の最善策を選び取るのがむずかしい。


 小技とよばれる一般的な生活お役立ち術を、日常の中で使うのはまったく問題ない。実際これまでもそうやってきた。


 が、土壇場に直面すると心身ともに硬直してしまって、何をどうしたらいいのかわからなくなる……と、ヒヴァラは言う。



「アイーズはすごいよね? 俺、小技をあんな風に使うなんて考えてもみなかったよ」


「ゆうべのは、まぐれ当たりよ」


「でも結局は、それでうまく行ったんじゃないか」



 それもそうだ。助けた老婆に罵倒されはしたが、ヒヴァラは悪党を殺すことなく追っ払えたのだし、子ども達は連れてゆかれずに済んだ。



「わかったわよ、もう。でもあんな危ない場面、この先はもう遭いたくないわね」



 ヒヴァラは満足そうにうなづいて、ゆで卵を口に入れる。え、一口??



「ありがとう! 軍曹」


「だから、誰が軍曹なのよッ」


「アイーズ軍曹さぁ」



 鉢にもりもりにしたべこの白乳蘇、そこにかぶせた苺蜜煮の厚い層をぐるうっと木匙きさじですくいながらヒヴァラは言う。


 少年時代のひょうきんさが、そこにふっとはみ出て笑っていた。



「兵士ヒヴァラは、軍曹についてくのであります」





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