人さらいを撃退したのに……ひどいわ!?
人さらいどもを撃退したアイーズとヒヴァラは、掘っ立て小屋に近づいていった。
戸口の前に倒れていた老婆を、二人で助け起こす。焚火のそばで見れば、身体じゅう殴打されたらしくひどいありさまだ。
「おばあさん……おばあさん? 意識がないわ。ヒヴァラ、助けられる?」
「うん、やってみる。 いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、……」
老婆のかたわらに膝をついて、ヒヴァラは詠唱を始めた。半分あけた目と口から、ぱくぱくと命をはみ出させているようなそのしわくちゃ老婆の周りに、白っぽい光の粒が無数に浮く。
アイーズは振り返った。そこに呆然と突っ立っていた大きい子どもと小さい子二人の前に寄って、幅広な身体をふあん、とひろげた。
彼らを安心させるため、そしてヒヴァラが理術を使うところを見せないために。
「みんな、怖かったわよね?」
子ども達は全員、一目で東部ブリージ系とわかる容貌だった。もしゃもしゃの暗色髪をふるわせて、三人くっつき合ってアイーズを見ている。
「あなたたち、けがはない?」
ゆっくり言ったアイーズのイリー語の問いに、大きな子がふるっと首を振った。
「あたしは、あたし達は大丈夫……。お婆ちゃん、死んじゃうの?」
だいぶ潮野方言に近いが、一応のイリー語で娘は言う。聞き取れてアイーズはほっとした。
「大丈夫よ。あの怖いおじさん達、もう戻っては来ないけど。今日はこれから、お家の中でじっとしてるの。あす、明るくなるまで出ちゃだめよ。いい?」
アイーズが優しく背中を押すと、少女と二人の小さな子らは素直に小屋の中に入っていった。戸口を閉めて、アイーズはヒヴァラと老婆の方を向く。
「……どう?」
地べたに横たわった老婆の脇に、ヒヴァラは片膝をついていた。
「一応、治したと思う。たぶん、あばらが何本か折れてて……。その内側のはらわたが傷ついてたかもしれないから、危なかった」
「そう。……この後、この家のまわりに≪かくれみの≫を朝までかけられる? 万が一あの人さらいたちが戻ってきても、見つけられないようにするの」
「うん」
ヒヴァラの隣にしゃがんで、アイーズも老婆を見守った。
やがて老婆の目がゆっくりと開く、 ……ぐわッ!
一気にひらいて、ヒヴァラを食い入るように見た。
「×××――――××××!!!!」
アイーズの耳に理解不能なことば……しかし罵り声とはっきりわかる調子。憎悪と恐れのこもった声を上げて、老婆はとび起きた。
跳び起きた勢いで、ヒヴァラとアイーズを両手で思いっきり突き飛ばす。そのまま老婆はあたふたと小屋の中に入っていって、ばたんと戸を叩き閉めた。
「え……ちょっと、何? 何なの、おばあさんッッ!?」
尻もちをついたまま、アイーズは唖然とした。
「ヒヴァラは……おばあさんを助けたのよっ!?」
やはり尻もち状態からすいっと立ち上がって、ヒヴァラがアイーズの腕をとった。
「とりあえず元気になったみたい。よかった」
ヒヴァラに引っぱり起こされるアイーズの耳に、ぎゃんぎゃん、がんがん……!
老婆の怒鳴り声、わめき声が小屋の中から突き刺さって来る。
「な……何言ってるの? あのおばあさん」
「とっとと出ていけ、ばか精霊、不幸がうつるとか何とか」
「……」
「行こ。アイーズ」
アイーズは理不尽をかみしめた。
――ヒヴァラは、勇気を振り絞って助け出したのに。どうしてそんなことを言われなきゃならないの?? お礼を言われてしかるべきところよ、ここ!
小屋の前を離れ、森の中に入りかけたところで、ぱたぱたっと静かな足音が追いかけてきた。
「まって」
さっきの大きい子だ。
「ごめんなさい。お婆ちゃんが嫌なこと、言った」
「……いいんだよ。早く、お帰り」
頭巾を手で押さえ、光が漏れないようにしてヒヴァラは少女に言った。
「助けてくれて、本当にありがとう。お兄ちゃん、……早く呪いが、とけるといいね」
「えっ」
少女の言葉に、アイーズは思わず声を上げてしまった。呪い……?
「お兄ちゃん、精霊に呪われちゃってるんでしょう? あたし詳しくは知らないけど、そういうあかーい髪のひと。おばけにとりつかれやすい、≪呪われ髪≫って言うんじゃない」
「……」
「優しくしてもらったし、今さっきの色んな不思議なことは、あたし誰にも言わないよ。だけど気をつけてね」
きまじめな顔でそう言うと、娘は小屋へ走り戻っていった。
離れたところから、家のまわりにぐるりと≪かくれみの≫の術をかけて、……そしてヒヴァラは黙りこくってしまう。
深い森と闇夜と無言に耐え切れなくて、心身ともに疲れたアイーズは天幕にむかって歩きながらぽそりと言った。
「わたしは君のこと、誇りに思うよ」
「……」
頭巾の下、ほんの少しヒヴァラの赫髪がのぞいて輝いている。
「誰が何と言おうと。ヒヴァラは今夜、正しいことをしたって、わたしは信じてるわ」
力なくうなづくヒヴァラの顔は、やっぱり悲しげに微笑していた。