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DV!? いいえ人身売買よ!

 

・ ・ ・ ・ ・



 しかしアイーズは、夜更けに目覚める。


 夢の中で何かが、誰かが遠く叫んだ……。


 そんな気がして目を開けると、天幕の中は明るい。反対側の草壁近くではヒヴァラが上半身を起こし、その赫髪(あかがみ)を輝かせていた。



「ヒヴァラも聞いた?」



 (あかい髪を揺らして、ヒヴァラはうなづく。



「……今、理術で聞き耳たててる。≪じごく耳≫……」



 アイーズもうなづき返し、靴をはいて丸帽をかぶる。脇に置いてあったさくら杖を手に、草床の上に座りなおした。



「……おばあさんと、子どもが悲鳴をあげてるんだ」


「えっ!?」


「ひょっとしたら、ただの家族げんかなのかもしれないけど」


「どこで? 近くなの?」



 耳を澄ましても、アイーズには何も聞こえない。



「この先……半愛里くらいいったところかな。あー……ああ、打たれてる」



 後半部分を、顔をしかめてヒヴァラは言った。



「……おせっかいして、いいもんなんだろうか。俺なんかが」



 不安そうに見てくるヒヴァラのやぎ顔は、どこまでも自信がなさそうだ。


 アイーズ自身も、本当のところはわかっている。……他人ごとに首を突っ込む前に、自分たちの問題をどうにかしなければいけないのだ、と。


 それでも準騎士として修練校に学んだアイーズ、ファダン巡回騎士の娘アイーズは、行き当たった色々を見過ごすことが後悔のもとになると、身をもって知っている。


 だから低く、ヒヴァラに言った。



「……とりあえず、見るだけ見に行こっか」



・ ・ ・



 がさごそ、下草を踏み分けて暗い森の中をゆく。


 燃えるような髪が目立たないよう、ヒヴァラは頭巾をかぶっていた。そこからほんの少しのぞいた額の生え際が輝いて、あかりの代わりになっている。


 右手にさくら杖を握って、アイーズはヒヴァラの後ろをのしのしついていく。密度の濃い森の闇はそれ自体に重みがあるようで、アイーズは何だか息が詰まるようだった。



「……あそこだ。ちょっとだけ、木がひらけたところ……」



 ヒヴァラが立ち止まり、大きな木の陰に身を寄せた。アイーズもそれにならう。


 焚火が燃えている。その裏に、粗末な小屋が浮かび上がって見えていた。アイーズがじっと見据えていると、星明りに照らされた全貌がやがてあらわになってくる……。絵に描いたような掘っ立て小屋だった。


 焚火の前には、大柄な男が二人。小屋の戸口の前にも、何かがあるように見える。



「さ、真夜中だ。約束通り、餓鬼がきどもは連れていくからな!」



 大柄な男の一人が、けものみたいな声で言った。しかしその意味は、ほとんどアイーズに聞き取れない。



――えっ……イリー語じゃないわ。潮野方言!?



「やめて……、やめて。お願いだよう、うちの息子と嫁が! じきに金もって、帰って来るからよう!」



 戸口の前でもぞりと動いたのは、声の具合からして老女だ。みじめに打ちひしがれた様子で、立っている男の一人に取りすがるように近づいてゆく。



「そう言ってばばぁ、一体どれだけ待たせやがるんだ。約束は約束だ、金が用意できなきゃ餓鬼どもをもらってくと、話はとうについてんじゃねえかッ」


「この、この闇夜で、息子も嫁も道に迷ってんだよう。かならず必ず、じきに金をもってくるんだから。孫どもはどうか、……、ああああっ」



 ばちんっ!


 老婆のあわれっぽい哀願は、男が手にした何かに打撃されて消える。



「ひ、ひどいっ。何がどうなってるの、こりゃどう見たって家族げんかじゃないわよね!?」



 男たちと老婆の会話がさっぱり理解できないアイーズは、ヒヴァラにささやいた。



「……たぶん、あのおばあさん。借金のかた・・に、孫を持っていかれるところなんだ」


「ええ!? じゃあ人さらいなんじゃないの、あの人たちっ……」



 理由はどうあれ、イリー諸国内において人身売買は許されない重罪である。アイーズは歯噛みした。本来なら、ただちに巡回騎士に通報しなければいけないところなのに……!


 男たちの一人が老婆を足蹴にして、掘っ立て小屋の中へ入ってゆく。とたん、ぎゃあっと子どもの泣き声が湧いた。



「アイーズ。アイーズ、どうしよう……。俺、この場合……あの男の人たちを、殺しちゃうしかないのかな?」



 はぁはぁ、とヒヴァラの吐く息が荒くなっていく。



「えっ?」


「炎を出せば、あいつらやっつけられる。でも、……」


「それはだめ、ヒヴァラ!」



 アイーズは左手で、ヒヴァラの腕に触れた。



「でも出さなければ、おばあさんと子どもが危ない」



 ぶるぶる身体を震わせて、すがりつくような眼差しでヒヴァラはアイーズを見る。



「どうしたらいんだろう、……アイーズ!」




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