今日も平和に森キャンプの夜だわ!
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その後しばらく進むと、ささやかな流音が耳につき始める。
道脇の森を分け入ったあたりに、小さな流れが街道と並行しているらしかった。
「アイーズ。あそこの奥に、入ってみようか?」
「そうね。近くにせせらぎもあるみたいだし」
べこ馬から下りて、二人は樹々の中へ踏み入った。
まずは小川を探す。見つかったのは二歩分ほどもないような小さな流れだったが、周りには若草も茂っている。べこ馬はさっそく流れに向かって首をのばし、次いで草をたべ始めた。
「廃屋とかは全くないわね。どうする? ヒヴァラ」
草編み天幕は二人の頭上を完全に覆うのだから、アイーズはあまり危惧していなかった。けれど、べこ馬を野ざらしにつないでおくのはかわいそうである。
「あの、倒れた木の裏側に天幕つくるよ。べこ馬用にもひとつ天幕こしらえるから、夜中に寒くなっても大丈夫だと思うんだ」
ヒヴァラの指さす先、小川の向こう側に巨木がどーんと横たわっていた。
倒れたのはだいぶ前のことらしい。嵐にあらがえなかった古い樹は、かなり朽ちている。
「うん、いいわね。街道側からの目隠しになるし、風も防げるでしょう」
「水もたくさん使えるし……。あっ、そうだ。草ばけつにお湯こしらえたら、アイーズ使うかい?」
「えええっ、いいのッ!?」
こんな山々森々まっただ中で、町の宿なみに身体をきれいにできるなんて! アイーズは感動した。理術士と旅するって、なんて快適なんだろうと思う。
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完全に日が暮れてしまう前に、アイーズは本当にお湯を使った。
小さめ天幕の中に一人で入って、熱くした手巾で身体じゅうさっぱりと拭く。
調子にのって、髪まで洗ってしまった。ヒヴァラが草ばけつ四杯分も作ってくれたお湯を、無駄にしたくない。
服を着て外に出ると、ヒヴァラが干し草でべこ馬をこすっている。
「終わった? じゃあ、≪乾あらい≫行くよー!」
「はーいっっ」
ふあああっ! 温かい風が身体を取り巻いて、アイーズの着ているものはまたしても、洗い立て乾かしたてのほかほかになった。濡れた髪も一挙に乾いて、つやつやくるん、と巻き上がる。
「ふあああ……。本当にこれ、気持ちいいわぁ」
「そいじゃ、俺の番でお湯つかってくる。べこ馬の世話、まかせていい?」
「ええ! ごゆっくりどうぞ~」
草ばけつ二つを両手に提げて、ヒヴァラは草編み天幕に入っていった。今は≪かくれみの≫の術をかけていないから、巨大な丸い籠のような天幕の全貌がアイーズにも見えている。
ヒヴァラの背後でしゅるん、と閉じた草の壁に向かい、アイーズはふいに胸の中に浮かんだ疑問を口にする。
「ねえ、ヒヴァラー! 沙漠の中では、何でも砂で洗うっていう話。あれは本当なのー?」
ぶはぁぁっ、天幕の内側で噴き出す声が聞こえた。
「そんなわけ、ないよー! なんでもかんでも、砂粒ざらざらになっちゃうじゃーん!」
「だよねぇ」
どこで聞いたうわさだったのかしらと小首をかしげつつ、アイーズはべこ馬の背中をすき始めた。
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べこ馬を背の高い専用草天幕で覆ったあと、二人はヒヴァラが改めて作り直した大きめ天幕の中に入り、食事をする。
朝買った田舎ぱんの巨大なかたまりを、アイーズの小刀で切り分け切り分け、食べてゆく。食べつくした。
「まあ、明日もどこかその辺でお店が見つかるわよ。宵越しのぱんは持たずに、その日焼きたてのをふかふか食べようじゃないの~」
「だねー」
お腹がくちくなって、思考も平和である。
昨日ほどに疲労困憊というわけではないけれど、二人はとっとと寝てしまうことにした。
決めた途端に、アイーズの口からあくびが出る。
――は~、草の床がふかふか……。服もふかふか、気持ちいい……。こんな調子なら、先の旅にも危ないことなんて、別にないんじゃないかしらね~??