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巡回騎士のお父さん、やっぱり心強いわね!

 ・ ・ ・ ・ ・



「何ちゅうこっちゃ。誘拐されてティルムンへ行っとったなんて、とんでもない事件でないかい」



 感謝の意をこめて、アイーズが濃ゆーくれたいらくさの香湯こうゆを飲みつつ、父・バンダイン老侯は驚愕のだみ声をあげた。



「と言うか、今ちっと思い出してきたぞ。昔アイちゃんが話しとった、ティルムン語のうまい同級の男の子って。きみのことであろ、ヒヴァラ君?」


「……え、ええと……あの、そのう」



 口の中でもそもそ言いつつ、長椅子の上のヒヴァラは横の腰掛にかけたアイーズを見た。


 ここまで大まかになりゆきを話してきたアイーズは、長椅子の反対端に座した父にうなづく。



「その通りよ、お父さん。わたしは初級ティルムン語の授業とっかかりがうまく行かなかったんだけど、そこでヒヴァラが宿題手伝ってくれたから、乗り切れたんだもの」



 ふがふが、父はひげを上下させてうなづいた。納得したらしい。



「ディルト、と言う名前に心当たりがないんだがね。……もしかして、お母さんの姓なのかい?」


「はい。……そう、なんです」



 小さな声で、ようやくヒヴァラが父に答え始めた。



「父はファートリって言う名まえで……、西町のはずれの家に住んでました。兄が一人いるんですけど、俺だけ母方の名まえなんです」


「ふん、ふん」



 湯のみ片手に、バンダイン老侯はうなづく。


 アイーズの父は熟練の巡回騎士である。年功序列で現場回りのきつい任務はもうないが、ファダン市内の警邏けいらを長年担当してきた。



「うーむ、お父さん方の名前も聞いたことないのう。今でも同じ在所に住んでるのかね?」


「わかりません。……逃げてきてから、まだ会ってないんです」



 答えるヒヴァラの語尾が、消え入るようだ。



「そうかい。ほいで、だいたい十二年ほどティルムンにいたと……。向こうでは、どうやって暮らしとったの?」



 アイーズは緊張した。これまで何度か恐慌した様子を見て、ヒヴァラはティルムンでつらい経験をしたのだと確信していたから。


 けれどヒヴァラはいくぶんか落ち着いた様子で、アイーズの父の穏やかだみ声に答える。



「のらしごと、してました」


「野良仕事?」


「はい。まわりじゅう、白い沙漠に囲まれた中に湧き水が出てて……。その辺りだけ、草と低い木が生えてるんです。そこに畑があって、豆とか作らされました。あと山羊とか、にわとりの世話」



 農奴・・のような状態だったのかしら、とアイーズは思う。



「あとは……後は、ひたすらティルムン語の勉強をさせられました……。疲れて、いやで仕方なかったけど。しないと、ひどい目にあうから」


「……そこには、どういう人らがったの? 君のおじさんと言う人は、一緒だったんかい」


「いいえ。おじさんとは、テルポシエの港でティルムン行の船に乗せられた後、会ってないんです」


「たった一人で航海させられたんかい?」


「船の中では、イリー語を話すティルムン人の商人みたいな人たちがそばにいたと思うけど……。よくおぼえてません。沙漠の家では、ティルムン語しか話さない怖いおじさん達と、俺と同じくらいの年の男の子たちが一緒にいました」


「ふむ。なるほど」



 空になった湯のみを小卓に置いて、アイーズの父は腕組みをした。



「ものすごく奇抜で珍しい話だけんど。君はイリー圏外に誘拐されて、奴隷として搾取されとった、と言うわけだの」



 だみ声が静かに居間に響き通る。バンダイン老侯の足もとにくっついていた赤犬ルーアが、くあっと頭をもたげてあくびをした。



「子どもをさらって重労働させるなんぞ、とんでもない悪さしよるやつらだ。わしが一発突いてやりたいところだが、ちっと気がかりな部分がある」


「何? お父さん」



 父はもしゃもしゃとアイーズを見た。毛深すぎて知らない人には無表情にしか見えないのだが、父が困って眉根を寄せていると、アイーズには確かにわかる。



「ヒヴァラ君は、出生時からディルト姓だった。つまり親権がお父さんでなく、お母さんとその実家側に属しとった、とゆうこと。そのマグ・イーレのディルト家とやらが、正式な手順を踏んでヒヴァラ君の身柄をティルムンに持っていったのなら、我々ファダン騎士団は口出しができなくなるんよ」


「……」


「と言ってもね、それは未成年時の話であって。大人になってる君は、改めてファダン人として市民籍を取得することができる。貴族籍を手放すことにはなるけんど、誰の指図も受けんと、自分で自分をどうするか決められる。独立の戸籍をつくる権利があるんよ」



 バンダイン老侯の言葉に、ヒヴァラの小さな丸い目が、少しだけ輝いたようにアイーズに見えた。



「その辺までしっかり保護するんが、わしらのお仕事だしね。ま~、危ないことのないよう取り計らうから。まかしときんさい、心配さすけないから」


「ありがとうございます、……バンダイン侯」



 アイーズの父は、ふとい眉の下で目を細めた。



「おじさんでいいよ。……ところでヒヴァラ君。そのいかした赤い髪は、生まれつきなのん?」


「え、あの……これは」



 ぴくりとして、ヒヴァラは頭に手をやった。



「なーんてね。染めとるのだよね? ひげが金だし、ちぐはぐだものね。やっぱり、追手の目をくらますためかい?」


「じゃ、なくって……。たぶん沙漠で、日にけたせいだと思うんです。自分じゃ何もしてないのに、気がついたらこうなっていて」



 へぇえ、とアイーズとその父は驚きの息をもらした。


 確かにヒヴァラの肌は、イリー人としてはありえないほどに日焼けしている。


 イリー諸国においては、どこの国もそこまで強い日差しはあたらない。ここまでけて革のようになる人はめったにいないのだ。


 そういう肌と同じで、髪もひやけするものなのだろう。日焼け……と言うか、それ自体が燃えさかる炎みたいな赫色あかいろだけど。



「沙漠の日差しって、本当にものすごくきついのね?」


「うん……」


「ふーむ。しかしのう、あんまりびかっと目立ちすぎても危険だし……。よし。ファダンで、わしの行きつけ床屋に連れてったろ」



 バンダイン老侯はもしゃもしゃとうなづき、アイーズもふかふかととび色巻き髪を揺らして同意した。


 ヒヴァラの髪は色みも目立つが、それより先に伸び放題なのがいっそう目立つ。出会って一瞬、誰なのかととまどったのも野性的すぎたからだ。


 きれいに刈ったところが見たいものだが、どうしてだかアイーズの脳裏には、ぶいぶい毛を刈られる春の羊たちの姿がよぎっていた……。




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