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そうよ、マグ・イーレへ行きましょう!

「ヒヴァラ。今はこのまま、マグ・イーレへ行ってみないっ?」


「な、なんでマグ・イーレ!?」



 アイーズの言葉に、ヒヴァラはやぎ顔を引きつらせて驚いた。



「君のお母さんに会うために、決まってるじゃない。あのね、あんまりはっきりと憶えていないんだけど……。ヒヴァラがさらわれて理術士にされたのは、ヒヴァラのお母さん方家族のせいだって。お兄さんのファートリ侯は、そんな風に言ってなかった?」


「あ、言ってたね」


「だからね。その辺どういう真相だったのか、知ろうと思わない?」



 ふは~、とヒヴァラは鼻から息をついた。アイーズの提案に引いてはいない。しかし大いに困惑しているようだった。



「ど、どうなんだろう……。と言うか俺の母さん、今どうしてるんだろう。そもそも生きてるのかな? アイーズ」


「いや、わたしに聞かれても答えられないわよー。だから確かめに行くんじゃないの」



 自分の考えもまとめつつ、アイーズはヒヴァラに計画のぼんやり骨格を話す。


 このまま行って山間ブロール街道に出る、そこから国境を越えて隣国ガーティンローを通過し、マグ・イーレに行く。



「お母さんの実家の在所、わかる?」


「いちおう、首邑みやこのマグ・イーレ市内って言ってた。もちろん俺は、行ったことないけど」


「ふふん、それなら楽勝ね。そうーっと訪ねていって、適当な話で都合をつけて会わせてもらって。お便りでは聞くのがまどろっこしい真相を、お母さんに直球で質問して、ずばっと打ち返しに答えてもらえばいいわ!」



 言っているうちに、自分が大胆になってきているのがアイーズにわかった。


 けれど確信している。このままファダン大市に戻っても、ヒヴァラはわけのわからない過去の事情に悩まされ続けるのではないか。それなら少々強行してでも、本当のところを確かめてすっきりさせた方がいい!


 そのことを伝えると、ヒヴァラは腕組みをしてうーん、とうなった。



「もちろん、これはヒヴァラのお話なんだから。ヒヴァラがしたいように決めていいのよ。このまま進むか、ファダンに戻るか、はたまた別の方向に行くか。わたしはヒヴァラの選択を、尊重するわよ~!」



 やぎ顔をくっとたてに振って、ヒヴァラはアイーズを真剣に見つめる。



「軍曹、ひとつ問題があります」


「誰が軍曹なのよッ」


「そんな長い道中、べこ馬を借りちゃってて。おじさんやヤンシーお兄さんに、怒られないだろうか」


「むッ……」



 たしかに。二人の乗るべこ馬はファダン大市の所有物、公用馬である。


 巡回騎士に付き添われた旅、市民籍取得手続きにまつわる公用旅の一種とみなされていたからこそ、アイーズも御すことを許されていたのだ。私用目的で使うべきではない。……私用・・



「わたし達は何も、物見遊山ものみゆさんしに行くわけじゃないもの。ヒヴァラが確固としたファダン市民になるための、背景調査の旅なのだわ。つまりこれは公用の旅の延長、よってべこ馬拝借をつづけても問題はなしッ」



 微妙にくるしい気もするが、アイーズは言い切った!



「でもアイーズ、お金とか大丈夫なの? それに、翻訳の仕事はしなくっていいの……?」


「ふッ、問題ひとつどころじゃなかったわね。でもそっち方面は大丈夫なのよ!」



 ヒヴァラとの再会直前、アイーズは大物の翻訳仕事をひとつ仕上げていた。


 校正後原稿が回ってくるまでもともと休むつもりだったし、オウゼ書房は払いが良い。あの親切な秘書のヒュティさんが、口座振り込みを遅らせるわけがないから、アイーズは自分の小切手を余裕で切れるはずだった。



「それに、ヒヴァラが野宿の専門家だってわかったしね。ゆうべみたいに快適な天幕を張ってくれるなら、お宿代もいらないじゃないの」


「そ、そうかっ! じゃあ俺、引き続きがんばる。マグ・イーレへ行こう、アイーズ!」


「ようし、決まりね。行きましょうッ」



 がぜん張り切り出したヒヴァラと、アイーズはともに立ち上がった。


 ついっと東の空を見てから、アイーズは次いで西を眺める。


 水色の空は明るい、まだ朝も半ばだ。さいわい季節は、旅に向く初夏にさしかかっている。


 ひらーり、とべこ馬にまたがり、ヒヴァラに向かって手を差し出す。


 けれど麻袋を肩にひっかけたヒヴァラは、アイーズの手を取ったまま乗り上がって来ない。なんだかまぶしそうに、アイーズを見上げている。



「どうしたの?」


「うん、……アイーズが嬉しそうだから。なんか、よくって」


「そうね! 嬉しいわね」



 ヒヴァラはそこでようやく、アイーズの後ろに座った。肩掛けかばんの革帯を、きゅっと両手で握ってくる。



「どうしてうれしいの、アイーズ」


「そりゃあ、……」



――君といると、心地よくって色々と楽しい。そういう旅がもうしばらく続くのが、うれしいから。ヒヴァラと旅をするのが、何だかものすごく楽しいから。



 胸の中にあふれてきた気持ちを、全部は言い切れない気がする。そこでアイーズは、簡略版を告げた。



「♪ルルッピ♪」


「♪ドゥ~~♪」



 間髪入れずに合いの手が返って来る。アイーズはさらに気をよくして、べこ馬の頭を道にむけた……。


 進路方向、西。










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