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朝のピクニックもなかなかおつよ!

 

 緑つぶ豆を挽いた粉を使ったぱんは、もっさりしていてお腹にたまる。


 アイーズはやぎ乳蘇ちーずを小刀で切り分けて、桃の蜜煮といっしょにぱんの内側へはさみこんで食べた。ひとつで十分と思える、ずっしり感!


 言うまでもなく、残りの豆ぱんは全てヒヴァラがたいらげる。



「イーディんちでもらったのに比べると、豆の味が弱いかなぁ」


「慣れない人でも、食べやすいようにしてあるんじゃないの~?」



 のんきに話しながら豆ぱんを食べつくして、二人は水を飲み、やがて押し黙る。


 野宿した廃屋の井戸で汲んだ水を、二人は一度沸かしてから革袋に入れていた。ヒヴァラが使っているのは木製水筒、これもファダン実家を出る時にアイーズの母が持たせてくれたものである。それが長兄のお下がりと見て取って、さすがにアイーズは母の物持ちの良さに驚愕したが。


 ごつっとした岩場に座る二人の後ろのほうで、べこ馬は静かに草を食んでいる。



「……とりあえず、高地第二分団の管轄からは出たわ。そこを越えてヒヴァラのお兄さんが追ってくる前に、わたし達はもっと先へ行くか……。どこか安全な場所に行かなくちゃならないわね」



 穏やかに話し始めたアイーズに、隣のヒヴァラは一瞬ぼうっと間をあけてから、うなづいた。


 桃の蜜煮の余韻にひたっていたらしい。



「うん。……でも、どこへ?」



 単純にファダン大市へ帰るのはどうなのだろうか……、とアイーズは思案する。


 ヒヴァラの兄、グシキ・ナ・ファートリ侯が何と言おうと、ヒヴァラは現在ファダン騎士団の保護を求められる立場にあるのだ。


 奇特な力を持つにいたったのは確かだが、ヒヴァラはれっきとしたイリー人。ファダン市民籍を取得して、何者にも脅かされず平和に生きる権利がある。


 それにファートリ侯は、地方分団の一巡回騎士に過ぎない。危険な理術士となった弟を滅すべし、とファートリ侯が公に主張し始めたとしても、父や北町詰所の警邏けいら部長が断固拒否すれば、強硬手段はまず取れないはずだった。この辺のいろいろを、アイーズはヒヴァラに話しながら自分の考えをもまとめてゆく。



「例えば、よ? お兄さんが本気でヒヴァラを捕まえようとしたら、高地第二分団内でまずは公表して、指名手配をすることになると思うの。けれどそれは、君がさらわれた事情だとかを分団長以下にぜんぶ話すってことよね。ファートリ侯は、果たしてそうするかしら?」


「……しないんじゃ、ないかなぁ……」



 ヒヴァラは首をひねった。



「喜んで人に話したくなるようなことじゃあ、ないよね。むしろうちの……えっと、醜聞ってのになるの?」



 アイーズも同感だった。希望的観測であることはわかっているが、ファートリ侯は自分の未来を棒に振ってまでは、ヒヴァラを追撃しない気がする。



「でもまあ、個人的な力や人脈を使って追いかけてくる可能性はあると思うし、とにかくヒヴァラが高地にいるのはよくないわよ。……それと、もう一つ心配なことがあるの」



 プクシュマー郷の近くでヒヴァラに矢を射た男たち。彼らが何者だったのか、なぜ襲ってきたのかを、アイーズとヒヴァラは知らない。


 襲撃者当人はヒヴァラが炎で滅したが、ほんとに二人だけだったのだろうか。他に仲間がいて、ヒヴァラを追い続けているということはないだろうか?



「フィングラスからファダンに向かって、ヒヴァラが山間の細い道を歩いているときから、彼らはつけてきていた。マグ・イーレのあたりから、気配を感じていたのよね?」


「うん、そう」



 アイーズは眉根を寄せた。


 さっと見た限り、二人の襲撃者はイリー人の傭兵のような風体だったが……。果たしてただの山賊が、そんなに長い距離をつけてくるものだろうか? 


 お金の匂いがぷんぷんする、よっぽど素敵なかも・・だったら粘ってくるのかもしれないが、あの時のヒヴァラはみじめな無宿者にしか見えなかった。追いはぎ標的としては骨折り損のくたびれもうけ、時間のむだのようなものである。



「ね、アイーズ。……俺、ちょっと考えついたんだけど」


「なあに?」


「その人らに襲われて、アイーズに会えた時の俺って、さ。イリー人に見えなかったろ?」


「えっ?」



 短く切った赫髪(あかがみ)に手をやって、少しはにかんだ表情でヒヴァラは言った。



「ほら……その。アイーズのだんなさんになるはずだったあの人も、俺がファダン人だって信じなかったじゃないか。この髪のせいで」



 アイーズは一瞬、きょとんとしてしまった。……が、ヒヴァラが元婚約者ノルディーンのことを言っているのだとわかって、気まずくなる。



「そう……だったわね」



 なぜだか頬が熱くなってしまって、アイーズは少しうつむいた。ふあんと風に揺れるとび色巻き髪に、表情を隠したい。ヒヴァラがじっと見つめているのは、目をやらなくてもわかっていた。



「だからさ……。あの人たち、俺を誰か別の人と……。東部ブリージ系の人と勘違いして、しつこく追ってきてたんじゃないかって思ったんだよ」


「ああ、なるほどね!」



 ヒヴァラの言う新しい観点に、アイーズは少しだけ安堵した。


 ずっと遠方の東部大半島、および北部穀倉地帯に住む人々は、概して暗色の髪を持っている。だがまれに、目の覚めるようなはっきりした赫毛(あかげ)の人がいるのだ。


 再会した時のヒヴァラは、伸び放題の髪をぼさぼさ揺らしていた。傍目に見れば赫髪(あかがみ)ばかりが大きく目立って、そういう東部系の男性に見えた、ということは十分にありえる。



「俺、ずうっとびくびくしていたけど。あの二人をやっつけてからは、ああいうおっかない感じの気配は、周りに感じないんだ。仲間がたくさんいたってわけじゃないと思う」


「ふむ、ふむ!」



 そうして今のヒヴァラ。少々こどもっぽく、髪をごく短くしたヒヴァラは、そういう国籍不明の浮浪者には見えない。ひょろひょろと頼りなげに長細い、やぎ顔のイリー青年である。



「じゃあ、ヒヴァラ。最終的には、大っきく迂回してファダンのわたしの実家に帰るとして……。今はこのまま、マグ・イーレへ行ってみないっ?」



 ず・どーん!


 貫禄あふれるアイーズの提案に驚いて、ヒヴァラの顔の輪郭が一瞬、なみなみ波線描写になった!







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