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どれだけ苦難があったのよ~! ヒヴァラ

 密航集団。


 理由あってティルムンを離れ、イリー諸国のある東側世界へ渡る人々は、公の交通機関である海路の定期通商船を使えない。


 そういったやからを秘密裏に運ぶ舟団があって、ヒヴァラはそこに便乗したのだった。



「どうやって……」


水緑帯おあしすにいた時、その一団が休みに寄ったんだ。だから自分で自分に≪かくれみの≫の術をかけて、船尾のところにもぐりこんだ」



 イリー人が川渡りに使うような、小型の軽い舟が三艘。そこに各々六人ほどの大人こどもがぎっしり詰まって、砂の海をつたってゆく。ヒヴァラは自分がひょろひょろ細身で助かった、と思った。船頭役らしいのが帆を操り、また詠唱を行って風を作り出していた。



「え、えええっっ!? を作り出す!? できるの、そんなことっっ」



 目をまん丸くして問いかけたアイーズに、ヒヴァラもまた小さなまるい目をぐりーんと見開いて、うんうんとうなづく。



「そう、俺もはじめはすっごいたまげた! でもよくよく見たら、その人たちも≪聖樹の杖≫を持って詠唱してるんだ。だから、ああこの人たちも理術士なんだ、ってわかって」



 つまりその舟も、理術によって動かされていたのである。


 風をあやつる船頭役は、さして大きくもない帆にたくみに流れる空気をあてる。強弱も方向も、自在に調整できるようだった。


 遠方に吹きすさぶ砂嵐の壁をよけ、砂丘や谷のあいだをじぐざぐと突き進み、すさまじい速さでぐんぐんずんずん、≪白き沙漠≫を突っ走って行ったのだと言う。



「……ヒヴァラも使える理術なの? それ」


「ううん、知らない術。舟にのってる間にずっと聞いてたんだけど、そもそもの方向とかの用語が専門的すぎて、結局わからずじまいだったんだ。ファダンの騎士修練校でならった航海基本とかからも、かけはなれてたしね……。俺が自信もって作れる風は、≪乾あらい≫と≪風刃・微風草むしり応用≫だけ」


「じつに有用性あふれる、さっきの術ふたつね。……で、その後どうなったの?」



 貫禄をもってうなづくアイーズに促され、ヒヴァラもやぎ顔を上下させてから続けた。


 そしてこっそり人びとの会話を盗み聞くうち、ヒヴァラは彼らがティルムンを脱出し、イリー世界の西端へ向かっていることを理解した。そう、≪白き沙漠≫を横断して!



「……いったい何日、かかったの?」



 プクシュマー郷の森の小屋、台所の壁に掛けたアイレー大陸全容図を思い浮かべて、アイーズはうめくようにヒヴァラにたずねる。≪白き沙漠≫を、……あんなに広大な空白を……そんなちっぽけな舟で渡ったなんて!?



「五日くらい乗ってたと思う。それで最後に、フィングラスの山に着いたんだ」



 再会したばかりの頃、ヒヴァラが≪船で山に着いた≫と言っていたことをアイーズは思い出す。そういうことだったのか、と合点が行った。



「……」


「アイーズ。あの、ちょっと、……手がいたい」


「はっ、ごめんね。壮大すぎる展開に、つい握りしめちゃったわッ」



 ヒヴァラはあの広い≪白き沙漠≫を越えて、本当に舟で・・イリーへ戻って来たのだ。


 こっそり下船した後、ヒヴァラは密航集団から離れて、また歩き始めた。フィングラスの山中、緑と湿気の濃くなってゆく中を、どんどん歩いて進んだ。砂地でない硬い地面の感触が、足裏になつかしくって涙がにじんだ。いや痛いだけ。



「こんどは、フィングラスの山を~……!!」



 またしてもアイーズはうめいてしまった。


 フィングラスはイリー諸国の最西端デリアドと、その隣マグ・イーレから北へ行ったところにある内陸国である。


 そこに住んでいるのもイリー人なのだが、≪イリー都市国家≫と呼ぶには少々微妙な位置づけだった。


 産出している羊毛やぎ毛の供給を基本に、各国との交流もさかん。友好的な関係も築いてはいるが、何せ王族貴族のいない国なのである! 北部穀倉地帯なみに、勝手のちがうところらしい。


 アイーズ自身はフィングラスへ行ったことはない。けれどその手前、さいはての国デリアドまでは、家族と旅行をしたことがある。


 人間よりも牛馬ひつじといのししの方が数多いとされ、ファダンに輪をかけて森の深い国だなと思った。


 しかしそこの人々に言わせれば、フィングラスはデリアド以上に森もり山やましたところなのだそうだ。


 危険な猛獣・阿武熊あぶくまやイリョス山犬が、ファダンの比にならないほどうじゃうじゃ棲息しているとも言う。


 そんな国を、……しかも≪白き沙漠≫との境になっている山脈を、ヒヴァラが乗り越えて踏破したと知り、アイーズは絶句したのだった。


 にわかには信じがたいが……いや。目の前にいまヒヴァラがいるという事実、それが後ろにしてきた距離をまったき真実として証明している。



 ごくり。


 生唾を飲み込んで、アイーズはうながす。



「それで……?」



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