襲撃だけじゃすまなかったのね!
日没とともにやってきた襲撃者と、≪沙漠の家≫の滅亡。……それからどれだけ、時間が経っていたのか。
凍てつくような夜空の下で、ヒヴァラは覚醒した。
倒れ崩れた日干し煉瓦の壁の下から這いずり出す。闇の中で、息がやたらに白かった。
身体じゅうに激痛が走っていたが、それより何より寒かった。
「何てこと……。でもヒヴァラは無事だったのね!」
「んー……無傷ってわけじゃなくて。壁の下敷きになって、両足折れちゃってたんだけど」
「はあああ!? りょ、両足骨折!?」
「うん。でもそれは一応、自分で何とか治せたんだ」
救命理術≪集中治療≫は、まさに命をつなぐ術である分、体力の消耗も激しい。
聖樹の杖なしにこの大技を使ったヒヴァラは、歩ける状態にはなったものの、極度の疲労におちいった。
よろよろと辺りを回ってみたが、母屋も納屋も叩きつぶされて基盤くらいしかわからない。
中にいた人びと、すなわち教師役の老理術士および共に学んでいた者たちは、あの理術の炎の濁流に跡形もなく消しつくされてしまったらしい。少なくとも、ヒヴァラは誰の死体をも見いだすことはなかった。
少し離れたところにあった家畜小屋も焼かれていたが、ヒヴァラにはもう中を見る力が残っていない。
星光のつめたい空と凍れる砂地のあいだに、ヒヴァラは一人きりでぶるぶると震えていた。
しかし頭の中には、ここを離れなくては、という考えしかなかった。
自分をここに閉じ込めていた、あの教師たちはもういない。彼らのくびきがなくなった以上、自分はファダンに、イリーに帰らなければならないのだ、と。
けれど水緑帯を出てほんの少し歩いた後で、ヒヴァラは足の感覚を失った。
ずさ、どさりとくずおれて、顔を無数の砂に刺される。
悪態をつく気力はなかったが、故郷の名はまだ呼べた。なつかしい場所、しあわせと一緒だったところ。
自分にとってのしあわせの名を呼んでいるうちに、ヒヴァラはまたしても意識を手放してしまった。
「……それで。次に気がついたら、髪がこんなふうになってて。しかもやたら、元気になってたんだ」
ゆらーり、目の前のヒヴァラの髪がまた赫く揺れて、アイーズはぽかんとする。
「じゃあ、……その時からなの? 髪があかくなったのは」
「そうなんだ。前は相変わらず、金髪だったんだよ……。で、頭が光るし、明るくなったもんだから。こわれた納屋に戻って、上に着られるもの探したんだ」
現在着ている外套は、そうやって見つけたものらしい。おそらくは教師の一人の持ち物だったはずの、古びた細身外套である。かろうじて破滅をまぬがれていたこの上衣を着て、ヒヴァラは歩き出した。
不思議と力が湧いて出て、夜じゅう歩き続けても疲れない。
夜の間に歩き続けて、昼は水緑帯の木陰に休み、きつすぎる陽光を避ける。泉の水を飲み、なつめやしの実をとってむさぼった。
どうして次々、うまいぐあいに水緑帯へとたどり着けるのか、ヒヴァラにはわからなかった……。ただ足が向くのだ。ちょうど、道筋を知っている誰かに導かれているように。
そうして東へ、東へ。イリー世界があるはずの東へと歩き続けていた時、ヒヴァラは砂舟の一団と出会う。
「砂舟……」
アイーズは首をかしげる。そう言えば、書物の中で読んで知ってはいた。ティルムンの人々は≪白き沙漠≫の内を移動するとき、水上同様に船を使うのだと。
風を作り出せる専門家がいて、それを帆にあてつつ砂上を進むという話だったが……。
「でもあれは、中・短距離の移動用なんでしょう……?」
「らしいね。けど俺が会ったのは、密航集団だったんだ」
「み……密航!?」