今こそ、君の話を聞かせて!
「わたしは翻訳士だしね。≪理術士≫が何なのか、ちょっとだけ知ってるつもりよ。たった一人でイリーの騎士隊に対峙できる、ものすごい力を持ったティルムン軍の兵士でしょう?」
ヒヴァラはうつむいて、両手の中の草ゆのみを見つめている。
「でも……。ヒヴァラのお兄さん、ああ言ってはいたけど。君が兵士なんだとは、わたし思えないの」
唇をぎゅっと結んでから、ヒヴァラはゆっくりと顔を上げてアイーズを見た。
「そう。俺は理術を使えるから≪理術士≫なんだけど、……兵士じゃない。ティルムンの正規理術士がどういう人たちなんだか、会ったことも見たこともないんだよ」
アイーズはうなづいて、白湯をすすった。
着ているものが軍用外套なのかもしれないとナカゴウの店で言われた時、ヒヴァラは素でおどろいていた。本当に知らなかったのだろう。
「とにかく俺たちは、≪沙漠の家≫で理術を勉強させられた。毎日、畑で野良仕事のあとに、夜は倒れるまで詠唱の練習をさせられたんだ」
とてつもなく恐ろしい数人の老人たちがいて、失敗をするたびその古びた杖で身体を叩かれたという。
――こんなひょろひょろか弱いヒヴァラに、なんてことするのよッ。
胸のうちでかッと怒りがうねったが、アイーズはどうにかこらえて話を継ぐ。
「その人たちは、何者だったの? やっぱり理術士だったってこと?」
「たぶんね。本当のところはもちろん聞けやしなかったけど……。どうも、退役軍人って感じだったんだ。そいつらがびしばししごいてくるもんだから、俺たち必死で勉強したんだよ。抜け出そうとしても、やっぱり術がきいていて沙漠のほうには出られなかったし」
しかしどれだけ努力しても、ヒヴァラは理術の生徒としてはできが悪かったらしい。
同時にさらわれて理術を学ばされていた東部や北部穀倉地帯出身の少年たちに比べ、攻撃に威力がない。肝心の戦略理術に精彩を欠く。
一方で、生活を便利にするような分野の理術にはすぐれていた。よって、戦略理術に劣るという理由から、教師役や他の少年たちにいじめられたことはないらしい。むしろ、≪沙漠の家≫の家事いっさいを任されていた。
共同生活における一般家事を全てやらされるというのは、それは立派ないじめではないかとアイーズは思ったが……今は口を挟まないでいる。
「ね……ちょっと待って、ヒヴァラ。君は、あの水棲馬を倒したのよ? あれで威力がない、力不足だっていうの?」
言うまでもなく、水棲馬はイリー世界における最強最悪の精霊である。生身の人間が太刀打ちできる相手ではないのだが、それをヒヴァラは滅したではないか。
「あれは俺のほんとの力じゃない。これの力」
湯のみを草床において、ヒヴァラは両手で頭に触れた。赫く輝く髪。
「……」
「俺。呪われちゃってるんだ」
ヒヴァラに再会する前のアイーズだったら、あるいはそう言ったのが他の誰かだったなら。アイーズは聞き流していたかもしれない。
けれどプクシュマー郷の近くでヒヴァラにめぐり会って以来の数々の不思議を思い起こし、アイーズは静かにうなづいた。
今アイーズの前にそうっと、ヒヴァラが大きな右手を差し出してくる。ヒヴァラのやぎ顔に哀しみが満ちていた。
「……俺の手。にぎっててくれるかい、アイーズ」
「うん?」
「……これから話すこと。話してるうちに、なんか壊れちゃいそうな気がするから……俺」