むしろグランピングね、素敵♪
「次は、俺らの天幕を張ります!」
「……どうやって?」
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」
不思議なティルムン語を唱えるたびに、ヒヴァラの赫い髪は炎のように揺らめき輝いた。その下の表情は真剣で、同時にどこか嬉しそうでもある。
「集い来たりて 我らを護る百と千の甘葛となりて 我らが夜の安寧をつつめ」
ほにょ・にょにょにょにょ……!
足もとが何だかうねったような気がして、アイーズはどきりと下を見た。
破れかぶれのごたごた石床残骸のすきまから、ほの淡く光る草が生え始めている……ものすごい速さで!
「えっ!!」
それはいくつもいくつも、アイーズとヒヴァラの足もと周りに無数に生えてきて、やがて白っぽく光るじゅうたんのようになった。
草は上に向かってするすると伸び続け、やがて壁と屋根とを作り上げる。
アイーズとヒヴァラをまるく包み込む、天幕のような空間が本当に出来上がってしまった!
淡く光るその草天幕の壁に、アイーズはそっと触れてみる。先ほどのばけつと同様、細い草が寄り集まり、からみ合ってできている壁は、アイーズの小さな手に柔らかくたわんだ。
「兄さんから逃げた時の≪かくれみの≫の術をかけて、外側からはよく見えないようにしてあるから。追手の人が通りかかったとしても、安心して寝られるよ」
「……出口はどこにあるの?」
「どこでも。出たい、って思って横むき裂けば開くよ。外に用足しとか行きたい時は、こうしてー」
持っていたばけつを草の床に置いて、ヒヴァラは両手で壁に触れた。さらり、のれんのように壁はひらく。
アイーズがのぞくと、天幕のすぐそばで干し草の上に座り込み、もぐもぐ頬を左右させているべこ馬が見える。よっぽど疲れていたらしい、乾きたての温かい干し草の中にうずくまって、安堵しているようだった。
「外側からは見えないから、帰って来たらべこ馬のあたりで声かけて。俺が内側から開けるから……。反対に俺が外に出る時は、アイーズが開けてね?」
ヒヴァラが手を放すと、やはりのれんが元に戻るようにして出口がふさがる。
「ふう。……どうかなぁ、アイーズ。一応寒くはなくなったけど、これで大丈夫そう?」
ゆっくり腰を下ろすヒヴァラに倣って、アイーズも草の床に座ってみた。実にやわらかく、はずみ心地が快い。アイーズにはなんだか、面白く思えてきた……。草編みの天幕だなんて! そして灯りは、ヒヴァラのもえる赫髪。その下にあるやぎ顔に向かって、アイーズは笑ってみせた。
「すっごく気に入ったわ。ヒヴァラはいつもこうやって、野宿してきたの?」
「そうなんだ」
微笑して、ヒヴァラは再び何かを唱えた。
上向きにした手のひらの先に、しゅるるとまた光る草が生え出る。それは小さな湯のみの形をつくった。
ヒヴァラはその湯のみに、草ばけつの水を汲む。
ふあん、とヒヴァラの両手が瞬時あかく輝いた……。とたん、草ゆのみの中からほかほかと湯気が立ちのぼる。
湯のみを手渡されて、アイーズは一口すすった。
「すごーい! お白湯まで作れちゃうの?」
喉から胃の腑に快く流れ落ちてゆくお湯は、アイーズの胸の中を温める。気持ちまで温かくなるような、たまらないおいしさだった。
「うーん……水じたいとかは、つくれない。だから食べものはあげられないんだ……ごめんよ、アイーズ。ちょっと出て、そのあたりに野いちごでもなってないか、探して来ようと思うんだけど」
「そんなの、探すのによけい疲れちゃうわよ。……待って」
アイーズは肩掛けかばんの中身を探った。
初めてもらった翻訳料で買った、ちょっと良いもののおかばんである。密閉性ばつぐん、湖にとび込んだ時にも中に水は入っていないはずだ。
「≪かみかみ黒梅≫と、はちみつ飴があるわー!」
「えええ、やったー! さすがアイーズ!」
小さな布包みを開いて中身を分けながら、アイーズはふと不安を感じる。
「でもヒヴァラには、全然足りないわよね……?」
探し当てた迷子のイーディ宅では、家族が捜索にあたった巡回騎士らのために豆ぱんを用意していた。アイーズたちはすすめられてそれを口にしていたから、今もすさまじい空腹というわけではない。けれどこれまでのヒヴァラの食事量を考えると、アイーズは心配になった。
「ひと晩くらいは、ぜんぜん大丈夫だよ。あの豆ぱん、腹もちいい感じだったし」
もぐもぐと片頬で乾燥果実を噛みながら、ヒヴァラは答える。
「はあー、黒梅ってうまーい。プクシュマー郷の近くでアイーズに会ったときは、もうかれこれ……十日以上かなぁ。ちゃんとした食事をしてなかったから、へとへとになっちゃってたんだけど」
脱出後はもちろんイリー通貨を持っていなかったから、集落を通りかかってもヒヴァラは何も買えなかったのである。それこそ、その辺にある野いちごやすべりひゆなどの雑草で、食いつないでいたらしい。
「川でざりがに捕まえて、ゆでたのが……いちばん良かったかも~。あとは、綿帽もね……苦いのに慣れれば、けっこう大丈夫だった」
のんきに語るヒヴァラのやぎ顔を見て、アイーズは胸が苦しくなった。杣麦のお粥を鍋にいっぱい、食べたくなるはずだ。
二杯めの白湯を飲んで、落ち着いたあたりでアイーズは聞くことにする。
「……君の話ね。きかせてくれる? ヒヴァラ」
「……」
ヒヴァラはまだまだ、口の中に飴を含んでいた。小さな瞳が、さみしげにアイーズを見る。
「この期におよんで、君のことを怖いだなんて思わないわよ。水棲馬をやっつけたあの炎と、こんな風にいろいろ不思議なことができる力……。これがティルムンの≪理術≫なの?」
こくり、とヒヴァラはうなづいた。