えっ、キャンプ物語になるの?
一緒にゆこう、と決めたアイーズとヒヴァラだった。
しかし見渡すかぎり、集落の姿は全く視界に入ってこない。
泊まれるところなんてあるのだろうか、と一抹の不安がアイーズの豊かな胸のうちをよぎる。
「うーん。わたし、この辺ぜんぜん土地勘がないし……。困ったわね!」
ヒヴァラのおかげで着ているものは乾いたけど、お腹もせつなくなってきたし、何よりくたびれた。休みたい。
「まあ、そもそもが人の少ない過疎地なんだから、仕方がないわ」
「にしても、ひとん家すら見かけないよね……」
ヒヴァラの言う通りだった。
湖ぞいの小道からそれた直後は、ちらほらと小集落の灯りも見えていたのである。ヒヴァラの兄・ファートリ侯の追撃を考えて、無我夢中で逃げていた最中には泊りうる人家があり、どうにかまけたと思う今はそれがない。皮肉である。
「見渡す限り、何もないわ~。文明の痕跡が、道しかない」
これぞ辺境!
「でも、ぜいたくは言っていられないわね。ヒヴァラは目が良いんだし、よーく周りを見てみて? 農家でもなんでも、とにかくお家を見つけたらそこに頼んで、泊めてもらいましょう」
「えーと……あの、アイーズ。ちょっと俺、考えたんだけど」
おずおずとした声で、べこ馬後ろに乗るヒヴァラが言った。
「何?」
「ここがどこなのかわかんないけど、とりあえず俺の兄さんの分団の……管轄地域の中ではあるよね?」
「まあ、そうでしょうね」
「だとすると、さぁ……。宿とか人んちとか、泊まるだけで足跡をつけることになんないかな……?」
「うぐッ」
ヒヴァラの指摘はもっともだった。湖まぎわに残してきた父と兄ヤンシーが、ファートリ侯にどう対応するかはわからない。けれどとにかく、父はアイーズを探すだろう。そしてファートリ侯は十中八九、高地第二分団の網を使ってヒヴァラを捕らえに来るはずなのだ。
≪ヒヴァラは、イリー世界で生きることを許されない存在になってしまったのですよ……≫
あんな風に言い切った、グシキ・ナ・ファートリだ。簡単にあきらめるとは思えない。
「なのであのー、アイーズ軍曹」
「誰が軍曹ッ」
「あの森ちょっと入ったところに、廃屋らしきものが見えるのであります」
「はいおく?」
自分の左肩上から、にゅうと突き出たヒヴァラの腕が示した方向をアイーズは見る。
確かに樹々のあいだ、石家の残骸みたいなものが、星明りに白っぽく照らされていた。
「あそこで野宿するの、どうかなッ?」
「……ヒヴァラ君。わたしが一応お嬢さまって、君わかってる?」
・ ・ ・ ・ ・
一応これでも貴族令嬢のアイーズ・ニ・バンダインは、結局ヒヴァラの提案をのむしかなかった。
ほぼ一日中乗りつめた上、最後に速足までさせたべこ馬がかわいそうだったからである。
「そうと決まったら、俺! べこ馬とアイーズが気持ちよく過ごせるよう、全力だすから任しといてくれッ」
「……はあ~??」
何だかこれまでのどの瞬間よりも、ヒヴァラは張り切っているらしい。
べこ馬の手綱をひいて、荒れ果てた古い農家の方へずんずん歩いてゆく。
藁がのっていたはずの屋根は、木組みくらいしか残っていない。そこは居間だったのか、暖炉のある一角だけを残してほぼ三方の壁が崩れていた。石床の間からは、強い草がぼうぼうと吹きだしている。
「ここの角なら、雨風しのげるから大丈夫そうだね!」
いや、吹きさらしである。
何がどう大丈夫なのか、アイーズにはヒヴァラの感覚がまったくはかり知れない。しかしそんなアイーズの困惑に構わず、ヒヴァラは強い草ぼうぼうの中に立った。
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」
そしてヒヴァラは、素早く何ごとかをつぶやき始めた。とたん頭巾の下で、あの赫い髪が輝く。
「集い来たりて 我が敵を撃つ するどき風の刃となーれ」
ふあ、すぱーっっ!!
やわらかく吹いた風が、その高くのびた草々を刈り取って中に舞わせる。
アイーズが口を丸く開けたその時、ヒヴァラは右ひとさし指をすいすいっ、と宙に向けた。
ぽやっ!
その刈られて宙に浮いた草が、めらめらっと炎に包まれた……。いいや、突如あらわれただいだい色の火球のまわりを、ぐるうり回ったのである!
かと思うと、しゅるりと小川のような流れにまとまっていった。草のかたまりは、すとんと廃屋の片隅に落ちる。
「はーい、干し草できた。アイーズ、べこ馬そこでこすってやってくれる?」
「わ、わかったわ……」
「俺は、水探してくるから!」
何がなんだかである。これは本当に現実なのか、とアイーズは疑いたくなったが……。とにかくべこ馬は疲れているのだ。世話してやらなければ。
大きく丸めた干し草のかたまりで、アイーズは馬の身体をすいてやる。
ほんのちょっと後、ヒヴァラがばけつを二つ両手に提げて戻ってきた。
「裏の古井戸、まだ使えたよ! 水も澄んでて、問題なくのめる」
ヒヴァラは嬉しそうに言って、ばけつの一つを馬の前に置いてやった。べこ馬はすぐに鼻づらを突っ込む。そのばけつを見て、アイーズは首をかしげた。
ヒヴァラの髪あかりでよく見えるのだが、それは普通の金物ばけつでも、木桶でもない。
ぎっちりぎちぎち、細い草をきつく編み込んで作られた籠だったのだ!
「干し草、たべるかな。ふつうの草が良かったら、その辺で食べてていいからねー?」
馬の耳に向かって吹き込むようにそう囁くと、ヒヴァラはアイーズに向き直る。
「そいじゃ次は、俺らの天幕を張ります!」
「……どうやって~~??」