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前言撤回! ひどい人だわ

「なっ……何をするの!! ファートリ侯!?」



 じゃきんッ!


 硬い音とともに、バンダイン老侯が長剣を右手に抜き放つ。同時にアイーズの父は、娘とファートリ侯の間に半身を入れていた。


 ぐるッ!


 ヒヴァラの身体をたやすく自分の後方に引き倒して、ファートリ侯はアイーズの父との間合いを取る。



「こるぁ何の真似っすか。ファートリ侯ぉぉ」



 そこから十歩ほど後方にいたヤンシーが、どす・・のきいた声を上げた。



「俺らをふくろ・・・にする理由が、全然わかんねぇんだがよ?」



 ふぁッ、と気づいてアイーズがずっと後方……小道の方を見ると、そこには四人の男たちが並んでいる。皆、手に手に中弓を構えていた。アイーズたちに、狙いをつけている!



「バンダイン両侯。私が殺さねばならないのは、弟ヒヴァラだけです。皆さまにはどうか、ご理解をいただきたい」



 砂利浜に転がされたヒヴァラの足を踏みつけてその動きを封じつつ、ファートリ侯は言った。


 そこに、すっと二人の男たちが歩み寄る。彼らはヒヴァラの足と背とを押さえ、すばやく足首をも縛り上げてしまった!


 暗い中でも目は慣れて、アイーズには男たちが第二分団の巡回騎士なのだということがよくわかる。ほんもののファダン騎士、本物のファートリ侯配下だ。


 グシキ・ナ・ファートリは騎士として、同じく騎士であるアイーズの父と兄とを前に、不正をおかそうとしている……弟ヒヴァラの殺人を!


 父のいかつい背中の裏で、アイーズは震え出した。冗談ややらせ・・・であって欲しい。しかし父のまとう静かな闘気が、そうではないと明言している。



「ようやく帰って来た弟さんに、何故そんなむごい仕打ちをなさる?」



 父の声も、どこかで震えている。


 けれどもちろん、怯えの震えではない……。バンダイン老侯は怒っているのだ。



「先ほど、私の父はほとんど何も話さずに姿を消した、と申しましたが。あれは嘘です。……」



 一呼吸おくようにしてから、ファートリ侯は静かに言った。



「いつかヒヴァラが、ファダンの地に戻って来た時には。必ず殺せ、と……父はそう言いおいて、いなくなりました」


「そんな……そんな、むちゃくちゃな話ってないわ!?」



 ほとんど悲鳴に近い声が、アイーズの喉からほとばしり出た。父の後ろから、ヒヴァラの兄に向って叫ぶ。



「乱暴はやめて、ファートリ侯! お願いですから、ヒヴァラを放して。事情があるならお話を聞きます、かならず解決方法があるはずですから!」


「残念ながら、他に手段はないのですよ。お嬢さん」



 ファートリ侯の言葉に、皮肉や辛辣はなかった。心底すまなさそうに、アイーズに向かい首を振る。



「あなたは、弟と友達でいてくれたそうですね。本当に申し訳ないのですが、ヒヴァラはもう、昔のヒヴァラじゃないのです」



 ふがふが、背をそらして何かを言いかけているヒヴァラの背中を、ファートリ侯配下の一人が押して地面に突っ伏させる。



「ヒヴァラは、……遠国の兵士にされてしまった。それも決して、弟のせいではありません。義母方の家のせいです。けれどヒヴァラは、イリー世界で生きることを許されない存在になってしまったんですよ……」


「兵士……?」


「ヒヴァラがぁ~~? 冗談言ってんじゃねぇ! こんだけひょろい野郎が騎士なんざ、やれるわけねぇだろうがよッ。あああ?」



 ファートリ侯配下の二人に矢を向けられたまま、立ち尽くすしかないヤンシーがうなる。


 元不良やん巡回騎士の外套の下では、握り下げた警棒が悔しさに震えていた。



「騎士ではありません」



 言ってファートリ侯は屈みこみ、二人の配下とともにヒヴァラの身体を持ち上げた。その時はじめて、アイーズはヒヴァラが口に布を巻かれ、声を出せないでいることに気付く。



「詳しいことは、私の屋敷でご説明します。今はただ、そこで動かずにいてください」



 ヒヴァラは身体をよじろうとするが、屈強な巡回騎士らは軽々とそれを制しつつ、水際に立った。



「やめて……やめて、ファートリ侯! その湖には……」


「ええ、バンダイン嬢。貪欲な水棲馬エッヘ・ウーシュカが、たくさんいます。やつらはすべて・・・食いつくしてくれますから、証拠は残りません。弟は跡形もなく、消えてなくなります」



 ぶん、ぶんッ……。


 騎士らは大きくはずみをつけて、ヒヴァラの身体を前後に振る。


 ぶんッ!!


 湖面に向けて、ヒヴァラは勢いよく投げ出された。


 ばしゃッッ!!



「ヒヴァラぁぁぁ!!」



 アイーズの絶叫が闇を切り裂く。


 水に落ちたのはヒヴァラなのに。アイーズは全身に氷をあてられたような冷たさを覚えた。



「退け、すぐに水棲馬エッヘ・ウーシュカが来るッ」



 ファートリ侯とその配下たちは、足早に水際から遠ざかる。


 アイーズは、ヒヴァラの落ちた水しぶきから目が離せなかった……。



――どうして、そこはそんなに深くないところでしょう!? 起き上がってよ、ヒヴァラ!!



 ぶ・はッ!


 水面を突き破った頭がある――


 そのすぐ後ろで、もりッと暗い何か・・が、長い長い頭をもたげた。




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