表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/133

お兄さんいい人だわ、ほっこり!

「……実は私は、こちらへ来るのにあまり気が進まなかったんです。けれど父は珍しく、高地へゆけと私に強く言いました。それで配属されて半年ばかりもたった頃、いきなり父がたずねて来まして……」



 グシキ・ナ・ファートリの言葉に、アイーズはどきりとした。


 隣のヒヴァラのぎくり、も感じ取っている。


 ヒヴァラの父、ファートリ老侯はたしか兄の地方配属後にファダンの家を引き払い、そのまま行方不明になっていたはずだが……。



「父さんがここへ来たの? 兄さんをたずねて?」


「ああ、そうなんだ。ひどく急いで、やつれた様子をしていてね、……。おばあさんをイヌアシュルの大おじさんの所へおいてきたから、後はグシキ、よろしく頼むと言って」



 ファダンの家はたたんで来た。これから自分は国外へ出るから、以降のファートリ家督はお前にいっさいを一任する。そう言った父はとにかく慌てて、時間を惜しむように行ってしまったと言う。どうしてそうするのか、ヒヴァラの兄に詳細を何も語らぬまま。



「……それ以来、私が唯一のファートリ姓を継ぐ者として、ファートリ侯と名乗っております。その時を最後に父には会っていないので、今は生死のほどもわかりません」



 ゆえにグシキ・ナ・ファートリは、自分がファートリ老侯なのか若侯なのか、判断がつけられずにただファートリ侯と称している、と言った。



「実家にひきとられたおばあさま、と言うのは? お父さまから、何か詳しい事情を聞いてはいなかったのでしょうか?」



 そっと聞いたアイーズの問いに、ヒヴァラの兄は頭を力なく振った。



「イヌアシュルの大おじ宅に着いた時点で、祖母は起きているのに眠っているような状態でした。父が出て行った後、まもなく亡くなったのです」



 つまりヒヴァラの兄は、弟がなぜ、どこへ連れ去られたのかを一切知りえなかったのである。知らないままに一人この高地にて、一巡回騎士として地味な努力を重ねてきたのだった。



「だから、ヒヴァラがそんな目に遭っていただなんて、私はまったく知らなくて……。済まなかったよ。マグ・イーレで、母方家族と一緒に元気にしているのだとばかり、思っていたんだ」



 湿っぽい声で、ファートリ侯はヒヴァラに言った。



「でも再会できて、嬉しいよ。わざわざ会いに来てくれて、本当にありがとう」


「……」



 ヒヴァラも、はにかんだ笑顔を兄にむけた。アイーズの豊かな胸のうちに、うれしさが満ちる。



――なーんだ……。ヒヴァラのお兄さん、やさしい良い人じゃないの! よかった、ヒヴァラは一人ぼっちなんかじゃないんだわ。



「それで、バンダイン老侯。ヒヴァラの今後の話なんですが。このことも含めて話したいことがたくさんありますし、今日はヒヴァラを私のうちへ泊めたいんです。皆さんもご一緒に、どうでしょうか?」



 本来なら、出張中の巡回騎士である老若バンダイン侯は、この高地第二分団基地に滞在できる。もちろん強制ではないが。


 微笑をたたえて穏やかに提案してきたファートリ侯に、アイーズの父はもしゃもしゃとうなづいた。



「ありがたく、そうさせていただきましょう。軍属でない娘はこちらに泊まれません。イヌアシュルの町なかに宿ろうと思っていましたものでの」



 それを聞いてアイーズは、小さくかくッと前のめりになった。


 なんだかんだで、どうにも父は娘軸・・で行動している……。


 自分だけ町の宿屋に泊まったっていいのだ。でもそれを言えば、護衛が要人・・からはなれちゃいかんでないの、と却下されることもアイーズにはわかっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ