ヒヴァラとお兄さん、感動の対面ね!
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農家へ帰りつく頃には、晩春の日もかげってきていた。
イーディの家族、みつあみ姉娘は少年に取りすがって喜び、りん子は母牛のもとへと連行される。
そこにいた地元の巡回騎士が、連絡に走って行った。アイーズとヒヴァラ、ヤンシーが高地第二分団基地へ戻ると、すでに父バンダイン老侯も来ている。
「お役に立ったようで、本当よかったの」
もさもさひげを揺らすアイーズの父は、主舎の事務室まぎわに立っていた。午後はじめに訪れた時とは、まるで別の場所のようである。縹色の外套を着た第二分団員の巡回騎士が多数、そこかしこを行き来してにぎやかに活気があった。
「儂の方もな、見つけたぞ。ヒヴァラ君」
かたり……。
父の背後で、事務室の扉が開く。出てきた背の高い巡回騎士の顔がこちらを見た時、アイーズは思わずあっと叫びそうになる。
「……ヒヴァラ!」
低く言って歩み寄ると、その人はヒヴァラの前に立った。
「兄さん」
ヒヴァラによく似たやぎっぽい顔をくしゃりとゆがめた、一瞬ののち。
グシキ・ナ・ファートリ侯は、弟ヒヴァラをがしりと抱きしめた。
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分団基地主舎のせまい懇談室で、ヒヴァラの兄はバンダイン老侯の話を黙って聞いていた。
「……と言うわけでね。ティルムンから逃げてきたヒヴァラ君を、ファダンの儂んちに一時かくまっている形なのだけど。ファートリ侯としては、どうでしょう」
ここまで調べて知ったこと……。兄弟の父親がティルムン語翻訳の請け負いを通し、何らかの危険を負っていたかもしれないことなどは伏せて、アイーズの父はうまく現状を説明した。
「ヒヴァラがいなくなった時は、私もまだ準騎士(※)でしたから。父は何も説明してくれませんでした……。あとから義母に、ヒヴァラはマグ・イーレの実家にやったのだ、とだけ言われたのです」
一目で兄弟とわかる顔だちをしているけれど、他の部分においてグシキ・ナ・ファートリ侯はヒヴァラとかけ離れていた。
落ち着いた物腰に話し方、がっしりとした体躯はどう見ても正規騎士の姿である。少し濃いめの金髪が、頭のまわりで柔らかにうねっていた。
「けれどその後しばらくしてから、父と義母とはさかんに言い争うようになりました。私の耳に遠いところで言い合っていましたから、何に関した口論だったのかはわかりません。そしてある時突然、義母がいなくなりまして……」
「ヒヴァラ君のお母さんは、マグ・イーレのご実家へ帰られたのですな?」
「それも、はっきりしないのです」
グシキ・ナ・ファートリは苦い表情で語った。
ヒヴァラの実母はある日、忽然と行方をくらましていたのである。しかし持ち物いっさいがきれいになくなっていたことから、周到に準備をした失踪だったと思われた。後からぽつんと、父に離縁状が届いたらしい。
懇談室の卓子、ヒヴァラは角を挟んで兄の横に座っていた。さらにその脇に座るアイーズは、豊かな胸のうちで思案している。
――結婚と同様、イリー貴族間の離婚には、いろいろな正式書類の提出が要るわ。仲人や親族の同意署名が必要だから……。やっぱりヒヴァラのお母さんは、故郷マグ・イーレへ帰ったのね。
「その翌年、私は正規騎士となって、こちら高地の第二分団に配属されました」
「……それからずっと、ここにいるのは……。どうして? 兄さん」
小さなかすれ声で、ヒヴァラが聞く。
「ああ、お前は憶えてないかい。おばあさんの実家が、イヌアシュルにあったんだ」
「え」
ヒヴァラ達の父方祖母は、ここ高地の出身だったのだ。その伝手から、ファートリ老侯……兄弟の父親は、叙勲されたばかりの若侯に第二分団配属の希望を出させたらしい。
父の向こうに座るヤンシーを、アイーズはちらりと見た。元不良兄はしかつめらしく、うなづいている。
確かに、首邑出身の新人騎士が地方配属になる際は、親類縁者のいる土地への希望が優先される。おかしなことではない。
「実は私は、こちらへ来るのにあまり気が進まなかったんです。けれど父は珍しく、高地へゆけと私に強く言い渡しました。それで……。配属されて半年ばかりもたった頃です。いきなり父が、ここをたずねて来ました」
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(※)準騎士:騎士修練校に通う生徒たち全般のことを指します。正規騎士として叙勲される前の、騎士見習いのこと。(注・ササタベーナ)