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もしゃもしゃ騎士パパ登場よ!

 

「……さらわれたんだ。俺」



 かすれ声が言う。アイーズは、さっと視線をヒヴァラに戻した。



「そこにずうっと、閉じ込められてた……」



 声と呼吸までもが、荒々しく震え出している。ヒヴァラがおびえているのはそれ、ティルムンの……≪白き沙漠≫にいた過去なのだと理解して、アイーズは低く言った。



「無理して話さなくていいのよ、ヒヴァラ。お白湯を飲んで、…… まだ日ものぼり切っていないし、もうしばらく長椅子にゆっくり座っていたら?」


「うん」



 アイーズに促されるまま、ヒヴァラはひょろりと立ち上がった。


 こんなに上背があるというのに、あまりに影がはかなげで頼りない。台所を出て居間に入る。


 とすん、とヒヴァラが深く腰掛けた長椅子の足もとに、赤犬がふさふさ寄って行った。朝ごはんを食べてその辺を一回りし、満足したルーアは、ヒヴァラのむこうずねにもしゃもしゃ背中をもたせかける。


 その寄り添いに、ヒヴァラはちょっと戸惑ったようだった。やがてそうっと手を差しのべて、赤犬の頭をなでる。アイーズの髪によく似た、ぴかぴか銅貨のような毛並みに、ヒヴァラは目を細めた。



「……きれいな色の、ふさふさだね」



 その低い囁き声を後ろに聞きつつ、台所に立って行ったアイーズは空の鍋を流しに入れる。


 杣粥そまがゆのこびりつきをたわしでこすりながら、アイーズは豊かな胸のうちでさすがに不安を感じていた。



――どうしよう。ヒヴァラがさらわれて、ティルムンなんて遠いところに拉致されていたなんて……。要するに、犯罪に巻き込まれていたってことじゃないの!



 そして、あのヒヴァラのおびえよう。向こうへ誘拐されていた間、ヒヴァラはおそらく……とてつもなく辛い経験をしたのだ。何があったのかはまだわからない。しかし彼を助けるためには、とにかく安全な場所に保護した上で、ゆっくり話を聞くしかない。



――仕方ないわ。ファダン大市に連れて行って、お父さんに話をしよう……。



 ゆすいだ鍋を振って水気を落としながら、アイーズはふと思った。



――昨日ヒヴァラに乱暴をしてきた、あの追手の二人は何者なの?



 荒くれ無頼者が、山賊まがいの強奪をしてきたのかと思ったが……。そうではなくて、まさかヒヴァラを狙っていた・・・・・のだろうか。



――ヒヴァラがティルムンから逃げ出してきたと言うのなら、あの人たちもティルムン人だったのかしら……?



 その追手の二人は、消えた・・・


 炎の中に彼らが滅びた、あのおそろしい一瞬を思い出し……アイーズはぶんぶん・ふあんふあん、頭と髪をふる。


 自分も極度に緊張していたし、恐慌のせいでまぼろしを見たにちがいない。炎の中に人が消え去るだなんて、そんな魔法みたいな摩訶不思議は物語の中の現象だ。


 アイーズの日常には、……訳文を書きつける筆記布の向こうの世界ではない、こっち側の現実には、起こるはずのないことだった。


 炎はまぼろし。


 追手たちは森の中に隠れたヒヴァラとアイーズを見失って、あきらめて引き返したのだろう。むりやり、そういうことにしてみる。



――でもそうなると、あらためて追手たちにつけ狙われるっていう可能性もあるわ! やっぱり念を入れて……そうだ。日が高い時刻の乗り合い馬車を使って、ヒヴァラをファダンへ連れて行こう……!



 建設的な考えがまとまって、鍋もきれいになった。やる気に満ちたアイーズが、ふきんで小さな手をぬぐった時。


 こーん!


 玄関扉の呼び具が叩かれた。



「アイちゃーん。わしー」



 地をはいずるようなひどいだみ・・声が、外からアイーズを呼んでいる。



「ああっ、お父さん!?」



 何ということだろう、渡りに船! 相談したい当人が来てくれた幸運に、アイーズはとび上がった。ありがとう、イリー守護神・黒羽の女神さまッ!



「お父さんっっ、今あけるわ!」



 アイーズは玄関へとすっ飛んでいった。


 がちゃがちゃっと錠を上げ扉を開けば、目に入ってくる父の後ろに後光がさしている……! いや単に朝日だ!



「おはよー、アイちゃん。これから狩に行くんだけんど、香湯こうゆいっぱいちょうだい?」


「……」



 だみ声でねこなで・・・・している父の横。


 朝露にきらめく初夏のばらつぼみとも言うべき何だかもう比喩の間に合わない美しき青年が、白い歯を見せて笑っていた。



「我がうるわしのアイーズさん。ごきげんよう」



 この頃合でいちばん会いたくなかった婚約者・・・のてまえ、アイーズは口を四角く開けていた……。



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