ヒヴァラが追跡開始したわ!?
・ ・ ・ ・ ・
三騎は高地第二分団基地を出て、イヌアシュルの町方面をめざした。
町を横目にさらに東進すると、小さな林に区切られた農地の連なるところに出る。
たまな畑の向こう、大きな藁ぶき家の前に縹色外套の巡回騎士が立っているのが見えた。
「ここんちじゃねえのか、ああー?」
ヤンシーがすいっと下馬していき、その巡回騎士に話をする。田舎道にいるアイーズたちに、ふり返った兄は手を振った。
「そうですか、それは助かります。いなくなったのは、ここのうちの六つの子で、イーディと言うんですけども」
老若バンダイン侯の助力申し出に、地元巡回騎士はうなづいて言った。
イーディ少年はけさ朝めしを食べたあと、屋外の手洗いに行きがてら牛舎を見に行ったようだ。
「息せき切って母屋に戻ってきて、うちの者に≪りん子がいない、その辺さがしてまわってくる≫と言って飛び出したそうです」
りん子と言うのは少年のお気に入り、赤んぼうの仔牛の名である。
あとから少年の兄や姉も一緒になって、周りの林や農地の垣根をまわったが、イーディと仔牛は見つからない。不安を感じた両親がイヌアシュル町の駐在所に届け出をし、分団員が動員された。
「……この、ずーっと裏手の方の森は、テルポシエとの国境に通じとります。地元の子どもは、絶対に入っちゃなんねと言い聞かされておりますが、仔牛を探すのに夢中になってて気づかなかったのかもしれん、と」
父の後ろで聞いているアイーズは眉をひそめ、ぐっと視界を広くとった。
農家の右手奥、東側の森は深入り厳禁の国境地帯。そして左側、自分たちのたどってきた細道の向こうにある林の先は、もうイヌアシュルの湖だ。
「どっちに行ったとしても、心配ですの。手が足りないのは森ですか、湖方面?」
地元巡回騎士がバンダイン老侯に答えようとしたとき、その背後でかたりと扉が開いた。藁ぶき家から出てきたのは、十五くらいのみつあみ娘である。
「あの……。何か、わかりましたか? あの子のこと」
真っ赤な目をはれぼったいまぶたでくるんで、不安ではち切れそうな娘はおずおずと問う。
「違うんだ嬢ちゃん。イーディを探すのに、別の人らが来てくれたんだよ……」
地元巡回騎士に言われて、娘はしゅうんとうなづく。迷子少年の姉なのだろうが、この憔悴ぶり。アイーズの豊かな胸の奥が痛くなった。
「……ね。イーディをさいごに見たの、どこだった?」
ふわっとひょろ長い若者に高いところから声をかけられて、みつあみ娘はびくりと驚いた様子を見せる。そう問うているヒヴァラを横に見上げて、アイーズもちょっと驚いていた。
「えっ……?」
「イーディはこの母屋に、いっぺん戻ってきたんだよね。それでどこから、とび出してったの?」
なんでそんなことを、と問いたげに首をかしげつつも、みつあみ娘は左手をあげる。回り込んですぐのところにある、勝手口の方を示しながら歩き始めた。
「ええと……。このお勝手に、首だけ突っ込んで。台所にいたあたしと母さんに、その辺さがしてくる、って言いました」
「その後、もう一度牛舎に行ったのかい?」
母屋のずっと後方にある、牛舎らしき長い小屋を指さして、ヒヴァラは娘に聞いた。
「わかりません。あの子、お勝手口をすぐにばたんって閉めて行っちゃって……。あたしが慌てて外を見たら、もう姿は見えなかったんです」
「そう。じゃ、ここが起点かな……」
ヒヴァラは勝手口の周りの地面に、視線を落とした。
うつむけたその顔をアイーズが見ると、ヒヴァラは唇を小さく動かしている。
「……集い来たりて 迷いびとの軌跡を示せ……」
「?」
気のせいだろうか、とアイーズは思った。
ヒヴァラが何かを、すさまじい速さで言ったように聞こえたような……。
ひょいと顔を上げ、ヒヴァラはアイーズを見た。
「アイーズ。こっち方面、探してみよう」
「え、ええっ!?」
つかつか行ってしまうヒヴァラのあとについて、アイーズは小走りになる。
牛舎の後ろは背の高い板塀だが、そこに戸があって簡単に出られるようになっていた。くぐり抜けたあたりで、ヤンシーが追いついてくる。
「何だよヒヴァラぁ? こっちは森へ通じる裏道でねえのか、ああ?」
「こっち行ったんだと思うんです。男の子と、あかべこ」
「どうしてそう思うの? ヒヴァラ」
ちょっと困ったような顔ではにかんで、ヒヴァラは細道で立ち止まりアイーズとヤンシーを見た。
「なんでかは、うまく言えないけど……。俺、探しもの得意なんで」
元不良的な首の曲げ方にて、ヤンシーは疑念を表現してみせた。ごきゅッ。
「ほんとか、ごるぁぁぁ? 適当言ってんならしばくぞ? ……まあどっちみち、ここ行きゃテルポシエ国境方面を探してるやつらに追っつくだろうがなぁ」
父は湖方面の捜索を手伝うらしい。ひょろんひょろんと迷わない足取りで行ってしまうヒヴァラを、兄と妹は追いかけるようにして進んだ。
……ヒヴァラはけっこうな速足である。農家に馬を置いてきてしまったけれど、乗ってくればよかったかしら、とアイーズは首をひねった。