あかべこクエストが始まるわ!?
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その日の昼過ぎ。
アイーズとヒヴァラ、ヤンシー、バンダイン老侯の三騎は、ようやくイヌアシュルの高地第二分団拠点に近づいた。
≪切り株街道≫の終着地点は山間の広大なイヌアシュル湖であり、そのほとりにある宿場町の名前もイヌアシュル、なのである。
高地といっても、さほど標高が高いわけではない。けれどファダンやプクシュマー郷のある地域にくらべると、昼ひなかなのにだいぶ空気がひんやりと澄み渡っていた。
イヌアシュル湖の向こう、北に黒々と茂る森のはるか先にある≪山地≫こそ、ほんものの山岳地帯だ。そこは異なる人々の住むところ、イリー世界ではない。
宿場町イヌアシュルの目と鼻の先に、第二分団の基地がある。
三騎は町を通らずに、直接そこへ向かった。
木材を利用した高い壁にアイーズとヒヴァラが圧倒されている間、父と兄は衛兵役の分団員と話す。ここで身分証の提示は求められなかった。
入ってすぐの厩舎に馬たちを預け、アイーズとヒヴァラはバンダイン老侯とヤンシーに挟まれる形で、第二分団の主舎に入る。ここもやはり木造、つくりとしては悪くないのに、やたらがらんとした印象のあるところだ。と言うか人の姿がどこにもない。ようやく一人、事務室から出てきた者がいる。
「あー、ファダン北町のバンダイン両侯。はい連絡うかがっております、どうも」
他国に比べてくぐもりがちなファダン抑揚のイリー語を、さらに喉の奥に押し込める調子にて、事務担当の文官騎士が言った。
「ファートリ侯に面会、ちゅうことなんですが。申し訳ないです、じつは今朝から分団長以下ほぼ全員、まいご探しに出払っておりまして」
「迷子ぉ」
ヤンシーが低くうなった。
「ええー。まー正確には迷いべこと迷子、なんですが……。赤んぼうの牛がいなくなりまして、その赤んぼうべこ探しに出た農家んちの坊主もいなくなってしまったと、はぁ」
「どちらですかいの?」
バンダイン老侯は壁に目をやった。黄色くしなびた古い大判布地図が貼り付けてある。
鶏の心臓のような形をしたその湖の真ん中に線が引かれていて、下側の湖畔周辺の地名が事細かく記されていた。
「農家じたいは、イヌアシュルの東側町はずれです。そこ中心に大きく捜索範囲をひろげとるのですが、坊主もあかべこもいまだ見つかっとりません。それにイヌアシュル湖には、水棲馬がどっさりいますもんで。何とか日没までには見つけねばと」
四人は顔を見合わせた。そんな事情では、とてもヒヴァラの兄……グシキ・ナ・ファートリはつかまらないだろう。
「ただ待ってるだけでは、らち明かんの。儂らも手伝うか、ヤンシー」
兄はうなづいて、アイーズをぎろんと見た。
「んだな。アイーズとヒヴァラ、お前らはここにいろ。ごるぁ」
「えー? 野探しなら、人は多いほうがいいんじゃない。わたし達も一緒に手伝うわよ、できる範囲で」
「お、俺もいきます。まいごとあかべこ探しに……!」
ヒヴァラが胸の前できゅきゅッと両手を握り、消え入るようにもぞもぞ言った。
「探しものなら、ちょっと得意だし……」